第61話「堅牢の殲滅士になる前の少女が暴食の悪魔と対峙した話」1/2
「ちょっち強すぎるなぁ。ニコ。もっと指先の力を抜いて優しく混ぜる感じだ。ラーメンのナルトって言ってもわかんねぇか……渦? とにかくかき混ぜる感じにしてみろ」
トオルは紫色の闘気を指先から放出し、くるくると回しながら私に説明をしていた。
「むぅ……難しいデス」
私は頬を膨らませ、指先を見つめていた。緑色の光がバチバチと指先から漏れ出ていた。
「私……才能ないデスかね……トオルが毎日こうして時間を割いてくれるのにうまくできないデス」
私はうなだれた。指も両手もおろしてしまった。
「何言ってんだよ! この腹ペコ娘!」
トオルは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。髪に着いた花の髪飾りを手に取っていた。
「あ! 返すデス!」
私は花飾りをひったくるように取り返した。
「ははは。その髪飾りの花はな、俺の国だと桜ってんだ。『優れた美人』って意味があるんだけどよ、その年で魔闘具を具現化できて扱えるってだけで十分優れてるよ」
トオルはまた私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
私は、白髪交じりの短髪と、笑うと頬に皺が寄るトオルの顔を見つめていた。
——孤児だった私を二年前に拾い、名前と家族を与えてくれたおじさん……お父さん。
突風が吹き、木々がざわざわと揺れた。
周囲の静けさが増していくような感覚が体を抜けた。
トオルの笑顔が消え、腰に差した包丁ケースから食実剛健と銘の入った刺身包丁を一本抜いた。
「ニコ。俺から離れるんじゃねぇぞ」
トオルの目は座り、額に汗がにじんでいた。いつもあっけらかんとしていた彼の様子からは想像がつかない表情だった。
「おやおや、我の存在に気づくとは大したものじゃな」
暗闇の中から漆黒のローブを身にまとう蒼白い肌の女性が現れた。その頭には二本の角が生え、瞳は金色に輝いていた。
「今日の営業は終わっちまったよ。腹減ってんだったら作れなくもないけどよ……何をご注文で?」
トオルは私の前にかばうように立ち、包丁を構えた。左手は腰の出刃包丁に添えられていた。
トオルの全身は紫色の闘気に包まれ、バチバチと音を立てながら周囲へ放出されていた。
「ふむ、汝はなかなか強いようだな。そっちの雑魚に用はない」
女性は私に手をかざす。手のひらから黒い光がにじみ出た。
その光が見えたと思った瞬間、トオルが出刃包丁を抜き、私の前で両手を交差し、光を受け止めていた。
「おめぇ! 俺の愛娘に何やってんだ!」
トオルは両腕を押し返し、左右に振った。黒い光が周囲に霧散して闇に溶けた。
「ほぅ。今のを弾くか。やはり貴様は面白い……」
女は両手を上にかざす。周囲の空間に黒色の球が無数に現れた。
「これはどうさばく?」
黒色の球から一気に線が伸びる。すべての線は私の両手、両足につながっていた。
全身に悪寒が走る。トオルが何かを叫んでいるが、スローモーションで聞こえなかった。
黒い球がゆらりと震え、ギラリと光を散らした。
光は黒色の球の上部から時計回りにゆっくりと揺らめき収束すると強く輝いた。
「ニコッ!」
私はトオルに抱えられ転がっていた。トオルの全身から大きく紫色の光があふれ、私の全身をも包み込んでいた。
「ニコ……痛いところはないか?」
私を抱きしめるトオルの手は汗でじっとりと濡れていた。服が破れ、背中からは血がにじんでいた。
「ケガはないデス……それよりトオルは大丈夫デスか!?」
ケガはなかった。それでも、傷ついたトオルの顔を見ると体の震えは収まらなかった。
——守られてばっかりデス。それはイヤデス……
私は震える手を頭に添えて、桜の髪飾りを握りしめた。
髪飾りは深緑色の光を上げると、愛銃へと形を変えた。
「やめろ。ニコ。おめぇにはアイツは荷が重い。いや、俺でもちょっちきつい感じだよ。早々に退店していただきたいもんだよ」
トオルは小さく微笑んだ。ポケットから水筒を取り出すと口で蓋を開け、一気に飲み干した。
トオルの体を緑色の光が包み、全身の傷が消えた。
「ほう、汝。その闘気の扱いで治癒までできるのか。ますます欲しくなったぞ」
女はニタリと口角を上げた。品定めをするように上下に目を動かしトオルを眺めていた。
「へッ。俺は食べてもおいしくないぜ? 別のモンにしてくれたら満足させてやる自信はあるんだけどな」
トオルは水筒を捨てると、刺身包丁と出刃包丁を包丁ケースに戻し、背中に背負った中華包丁と、牛刀を両手に握った。
「否、汝が欲しい。我は強者を喰えばさらに高みをめざせるのでな」
女は両手を前に構えた。女の影が、広がり、周囲の闇に重なり始めた。




