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第3話「食欲の魔女に配信動画を吐瀉物扱いされた話」3/3

「……あの、広い客間で何のアクロバット披露してんすか。前転の時にちょっと鎧兜に当たりそうだったし。あと、その『ヴェンドゥーング!』と『シュルス!』、具体的に私の配信のどこに何を組み込んだらいいのよ……」私はただただ困惑していた。


 ――言いたいことはわかるけど、私に応援してもらう良さなんてないよ……パワーヌル飲みながら限界配信とか……?


「キミはどう思う?」エスルスはにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「パワーヌルを飲みながら限界配信とか!?」私は思ったことを言っていた。


「それはそれで楽しそうではあるけれど……違う……キミは本当に自分が持っているものが見えていないね」エスルスは首を横に振った。


『この圧倒的な敷地面積を誇る広大(リージッヒ)ッ! なッ! 日本家屋!』エスルスはマントを右になびかせた。


『どんな料理でも作ることができる重厚(ヴフゥーティッヒ)ッ! なッ! キッチン!』エスルスはマントを左になびかせた。


『気だるげながらも目的を進めようとする実直さ(エールリッヒカイト)ォッ!』エスルスはしゃがみこんだ。


『自分の良さを理解していないが、それでもあがく可愛いらしさ(リープリッヒカイツゥ)ォオオオッ!』エスルスは体を伸ばしながら跳躍し、両足を開いた。


 奇麗に着地した。


『そして何より体に遺伝子レベルで染みついたその圧倒的!!!!』エスルスは体をひねりその場で360度回転した。


 左手を弓を引くように後ろに流し、右手の人差し指をまっすぐ私に向けた。


 つぶやくように言った。


調理スキル(コッホクンスト)……って言葉の響きが弱くて勢いがどこかにいってしまったよ……」エスルスは頬をかいた。


「……」私はツッコミを入れたかった。流れ的に入れるべきだった。声が出ずに喉が震えていた。


 ――でも、エスルスに言われたことが胸の真ん中に響いてそれどころじゃないよ……


「わかってもらえたようだね……ボクは嬉しいよ」エスルスはツッコの正面に座りなおした。


「私は具体的に何をすればいい?」私は目に溜まった涙をぬぐった。


「ここからは契約の話をしよう」エスルスの声のトーンが一段階下がった。


「契約……?」仰々しい単語に私の背筋が伸びた。


 ――まさか……契約破ったらセクシー配信なんてことはないよね!?……ないか……ダメだ頭が回ってない……眠い……


「ああ……先にも言ったようにボクは『食欲の魔女』と呼ばれている。食のすべてを知るために、その周辺知識を集め、その能力を認められている魔女だ。ボクはこの力を君に貸そう……」エスルスは私の手を握ってきた。


「その代わり……」エスルスは私の手の甲をなぞった。目をじっと見つめた。


「キミの持ちうる調理スキルを駆使して、ボクの胃袋を満たし、未知なる味覚の暴力でボクの舌を痺れさせてくれ! 圧倒的な薫香と芳醇なる匂いでボクの鼻腔を攻め立て、得も言われぬ快感を伴う触感でボクの口腔を蹂躙してくれ! 圧倒的かつ暴力的で、本能を直接揺さぶるようなシズル感でボクの視界をゆがませ、聴覚を狂わせてくれ! 涎を垂らしてキミの料理を乞うボクを、極上の美味で支配し、堕落させ、歓喜の底へと沈めてくれ……!」エスルスはまくしたてた。大きく一息ついた。


「そうすれば、ボクは全力を尽くしてキミが正しい道に進むことを支援するよ」エスルスは口元だけ笑って私を見た。目は笑っていなかった。何かを切望(せつぼう)する暗い光を放っていた。


「……わかった。契約しよう。私は私の料理であんたを狂わせる。私の料理にあらがえなくしてやる!」私はエスルスの眼を負けじと睨み返した。


「だから……だから私を助けて……導いて……お願い……お願いします……」私は泣きながら頭を下げた。下げていた。


「契約成立だね……といいたいところだけどやらなきゃいけないことがある……魔女と契約するには体の一部を取り込む必要があってね……」エスルスが顔を近づけてきた。


「ま、まさかさっきしようとしてたおしっこを飲ませる気じゃ!?」私は後ずさるようにエスルスから距離を取った。


「キミは馬鹿なのかな? 体の一部といっただろう? おしっこは排泄物だろう。どこの世界で排泄物を飲ませる魔女がいると思う? 血と髪の毛、どっちがいい?」エスルスは憐れみ(あわれみ)を孕んだ目で私を見た。


「え……どっちもイヤです」私は横に首を振った。


 ――うっわームカつく―。ってどっちもやだし。


「じゃあ、これしかないね。口を開けるんだ。唾液交換だよ。」


「え……んん!?」


 私は24歳宮國通子。私のファーストキスは食欲の魔女の飽くなき食欲にあらがえなかった。でも女同士だからノーカンだよね?


 ―――――


 数十分後、激怒したツッコに客室をあてがわれたエスルスは、月明りが室内を照らす中で窓の外を見ていた。どこか遠くを見る目をしていた。


「トオル……アナタがボクを導いたように、育ててくれたように……アナタの代わりにボクが彼女を導くよ……」


「なぜこの世界に来たのか初めはわからなかったけど。アナタがボクをここに運んだんだろう?」


「食欲の魔女として食に対する姿勢を譲るつもりもないが、少しだけポリシーを曲げてでもアナタの娘はボクが守る。安心してくれ」


 宵闇の中に食欲の魔女の独白は解けていき、限界OLにその独白が届くことはなかった。

 =============【作者より】

 読んでいただきありがとうございました。


 ツッコ×エスルスの動画配信がいよいよ次回から始まります。お待たせしました。


〇今回の声に出して読みたいカッコいい言語・ドイツ語講座ァーッ!

 転(Wendung=ヴェンドゥング)※転換、急展開、どんでん返し

 結(Schluss=シュルス)※結末、終わり、締めくくり

 広大(riesig=リージッヒ)

 重厚(wuchtig=ヴフゥーティッヒ)

 実直さ(Ehrlichkeit=エールリッヒカイト)

 可愛いらしさ(Lieblichkeit=リープリッヒカイト)

 調理スキル(Kochkunst=コッホクンスト)


 ・ドイツ語において ei と並ぶとァイと発音すると覚えてください。

  keitはカイト

 ・末尾がigの時はッヒ

 ・ch は はっひっふっへほーです。直前の母音に引っ張られます。

  wuchtig=ヴフゥーティッヒ uch なのでフ

  Ehrlichkeit=エールリッヒカイト ich なのでヒ


 ブクマ、感想、★評価をいただけると執筆の励みになります。引き続きよろしくお願いします。

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