第六話 監視
自宅に戻って一眠りすると、目が覚めた頃にはもう昼前だった。
時計を見て、小さく息をつく。
「……図書館にでも行くか」
島の図書館は小さい。
本の数も多くはないが、漫画も少し置いてある。もっとも、最新刊など入ることはなく、暇つぶし程度の品揃えだ。
何か読むものでもないかと漫画棚へ向かうと、不意に声をかけられた。
「あら、こんにちは」
あの四十代の女性だった。今日も身なりが良い。自分の服装が急に恥ずかしくなった。
彼女も漫画を探しに来たらしいが、目当てのものは無かったようだ。
軽く挨拶を交わし、今朝あった若い夫婦の件を簡単に話した。
病院まで送り届け、帰って寝ていたのだと伝えると、女性は少し眉を下げた。
「大変でしたね。慣れない環境は、それだけで疲れますから」
同情するような口ぶりだった。
だが、次の言葉に引っかかった。
「でも、“見られている”というのは、あながち間違いではありませんよ」
思わず聞き返す。
「どういう意味ですか」
女性は周囲を見回し、少し笑った。
「ここで話すのも何ですし。外へ出ましょう」
図書館を出て裏手へ回る。
人目につきにくい場所だった。
「ここで私と話しているのを見られたら、また何か言われますよ」
冗談めかして言うが、目は笑っていなかった。
「構いません。それより、さっきの話を」
女性はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「この島の移住者は、古老たちの指示で島民から監視されています」
「監視?」
「区長の長谷川さんが窓口です。近所の年寄りたちも頼まれて、生活ぶりを見ています」
思わず言葉を失った。
「そんな馬鹿な……犯罪者じゃあるまいし」
「ええ。だから最初は観て、噂を共有しながら…ね。」
「気に入らないから。監視の理由はないの」
あまりにもあっさり言う。
背筋が冷えた。
「なぜ移住者ばかり?」
女性は少し遠くを見るような顔をした。
「あなたたち移住者は島民ではないから」
「女ならなおさらです。島外から嫁いできても、何十年住んでも“余所者”」
「一生、島民ではないの」
その言葉には、妙な重みがあった。
「島の出身同士、島の家同士で結婚していなければ、一生他所者扱い…」
「長谷川さんみたいに、面倒な役を押しつけられることもあります。寺総代なんて、まさにそう」
あの夜の集会が脳裏によみがえる。
あれは単なる役割決めではなかった。
序列確認の場だったのだ。
「古老たちが勝手に決めているんですか?」
「違います」
女性は首を振った。
「もっと厄介です」
「昔から皆が守ってきたものを、あの人たちは代弁しているだけです」
つまり、個人の暴走ではない。
島全体の価値観そのもの。
それが形を持って現れているだけなのだ。
「何のために、そこまでするんです」
女性は淡々と答えた。
「この島では、法律より共同体の合意が優先されるからです」
「派手なことは嫌われる。目立つことも嫌われる、勝手な行動をとらず他所者は島民に相談する」
「同じ考え方をし、同じように暮らす、大きな変化は好まず昔と変わらない生活で過ごす。」
「それが“普通”なんです」
「そこから外れる者は?」
聞くまでもない問いだった。
女性は少しだけ笑った。
「異常者、でしょうね。あなたの変化は古老たちの監視対象になってしまった」
図書館の裏の草が揺れる。
女性は静かに続けた。
「私もこの島の掟を守って生きています」
「守らなければ、村八分ですから」
その声に感情はなかった。
諦めにも似た、乾いた響きだけがあった。
「掟って……何なんですか」
女性は私を見て、はっきりと言った。
「ただ、普通に生活することですよ」
その言葉が、ひどく恐ろしく聞こえた。




