第四話 違和感
今日は区長の長谷川と、新たに移住してくる夫婦を迎えるため港に来ていた。
定期船の到着を待ちながら、長谷川から説明を受けた。
「今回は若い夫婦さんでね。農業をしながら暮らしていきたいそうです」
島を選ぶ理由としては珍しくない。自然の中での生活、という響きに惹かれる人間は一定数いる。
やがて船が到着し、乗客が吐き出されるように降りてくる。
その中から、ひと組の夫婦がこちらへ歩いてきた。
「よろしくお願いします」
簡単な挨拶と自己紹介だった。
夫は三十代前半ほどだろうか。やる気に満ちた目をしている。新しい土地で何かを始めることに、純粋な期待を抱いている顔だ。
一方で妻は、同じ言葉を繰り返しながらも、どこか表情が固かった。
長谷川が間に入り、島の生活やルールについて説明を始める。
「この島ではですね、地域の取り決めがいくつかありまして……」
夫はうなずきながら聞いている。
「わかりました!」
返事も早く、前向きそのものだった。
だが妻は、ほとんど口を開かなかった。
うなずいているようにも見えるが、反応が薄い。
車の後部座席に乗ったとき、ルームミラー越しに見えた横顔は、どこか不安を隠しきれていないようにも見えた。
(緊張しているだけだろう)
そう思うことにした。
島に来たばかりなら、誰でも似たようなものだ。
車は島内の道を進んでいく。途中、長谷川が改めて生活の注意点を話す。
「困ったことがあれば、遠慮なく言ってくださいね」
夫は「ありがとうございます!」
と明るく答える。
妻はやはり、ほとんど言葉を発しない。
やがて目的の賃貸物件に到着した。
そこは私の家からは少し離れた場所にある一軒家だった。
長谷川が鍵の説明などを済ませる間、夫は早速周囲を見回し、期待を隠そうとしない。
「いいですね、静かで」
その言葉に、長谷川は軽く笑ってうなずいた。
「すぐ慣れますよ」
一通りの説明が終わると、私は自分の連絡先を渡した。
「何かあれば、いつでも連絡してください」
夫は深く頭を下げた。
妻もそれに続くように小さく会釈したが、その動きはどこか遅れていた。
車に戻り、帰路に就く。
ミラーの中で、家が遠ざかっていくのを見ながら、ふと考える。
――あの奥さん、大丈夫だろうか。
言葉にしないまま、その違和感だけが残った。
ただ、それもすぐに生活に慣れれば消える程度のものだろうと、自分に言い聞かせた。
そう思ったはずなのに。
胸の奥には、小さな引っかかりだけが残っていた。




