第十四話 呼び出し
その夜、玄関を叩く音がした。
時計を見ると、二十時前だった。
戸を開けると、長谷川が立っていた。
いつもの愛想笑いはなく、どこか疲れた顔をしている。
「……今夜、公民館に来てください」
「何かあったんですか」
長谷川は視線を逸らした。
「私からは言えません」
それだけ言うと、軽く頭を下げて去っていった。
嫌な予感しかしなかった。
上着を羽織り、公民館へ向かう。
夜道は静かで、波の音だけが遠くから聞こえていた。
公民館の戸を開けた瞬間、胸が冷えた。
以前と同じだった。
正面の壇上に、三人の古老。
中央にあの老人が座り、左右に無表情の老人たち。
そして、島民たちは整然と椅子に座り、誰一人として私を見ようとしない。
全員、沈黙していた。
その沈黙だけで、この場の意味は十分に伝わった。
私は空いている席へ座らされた。
中央の老人が、ゆっくり口を開く。
「最近、警察とよう話しとるな」
血の気が引いた。
誰も教えていない。
事情聴取を受けたことまで、もう共有されている。
「いや、あれは……聞かれたことに答えただけで」
老人は私の言葉を遮った。
「移住者に肩入れしすぎや」
公民館の空気がさらに重くなる。
「島のことは、島で納めるもんや」
その言葉に、反論はできなかった。
正論でも何でもない。
だが、この場所ではそれが法だった。
GPS事件で私は、“外部と繋がる人間”として見られたのだ。
警察に協力した移住者。
島の外へ話を持ち出す危険人物。
そう分類された。
老人はしばらく私を見つめたあと、唐突に言った。
「長谷川も、そろそろ歳や」
横に立っていた長谷川の肩が小さく揺れた。
「次の寺総代、お前がやれ」
意味を理解するまで、数秒かかった。
寺総代。
あのとき長谷川に押しつけられた、終わりの見えない役目。
行事、集まり、雑務、古老との窓口。
休日もなく、自分の仕事より共同体を優先させられる首輪。
「……私には農作業もありますし」
やっと絞り出した声だった。
老人の目が細くなる。
「島で世話になっとるんやろ」
「なら、返す番や」
周囲を見た。
島民たちは誰も口を開かない。
助ける者も、反対する者もいない。
ただ、うつむいていた。
ここで断ればどうなるか、もう分かっていた。
また挨拶は返らなくなる。
倉庫の鍵は閉じられる。
回覧板は止まり、出荷は後回し。
生活そのものが削られていく。
見えない形で。
私は唇を噛み、頭を下げた。
「……お受けします」
その瞬間、公民館の空気がわずかに緩んだ。
老人は満足そうにうなずいた。
「最初からそう言えばええ」
集まりは、それだけで終わった。
帰り道、長谷川が後ろから追ってきた。
「……すみません」
振り向くと、長谷川は力なく笑っていた。
「私も、こうやって引き受けたんです」
その顔には、何年も前に諦めた人間の色があった。
家へ戻り、玄関の戸を閉める。
首元に手をやる。
もちろん何もない。
だが確かに感じた。
今夜、私は首輪をかけられたのだ。




