第十話 沈黙
出荷場で感じた“距離”は、気のせいではなかった。
翌日から、それは目に見える形になって現れた。
挨拶しても返されない。
共同倉庫の鍵を借りに行けば、
「今、誰かが使っとる」と断られる。
回覧板は自分の家だけ飛ばされる。
出荷場では、積み込みの順番がなぜか毎回後回しになる。
そして長谷川でさえ、目を合わせなくなった。
誰かが怒鳴るわけでもない。
露骨な嫌がらせをされるわけでもない。
ただ、そこにあるはずの関係だけが静かに失われていく。
この島では、一人で農作業を続けること自体はできる。
だが、生きていくとなると話は別だった。
電気屋もいない。大工もいない。修理業者もすぐには来ない。
井戸ポンプが壊れれば誰かに頼るしかない。屋根が傷めば近所に相談するしかない。
共同体から外れた人間は、生活そのものが立ち行かなくなる。
――このままではまずい。
いや、もう遅いのかもしれない。
考え抜いた末、自分の仕事を後回しにし、地域の手伝いを始めた。
ひじきを干している老人を見かければ、
「手伝わせてください」
ミカンのキャリーを軽トラックへ積み込んでいる家を見れば、
「私もやります」
集積所のゴミ回収が終われば、水を流して掃除した。
頼まれてもいないのに、先回りして動いた。
そうして数日が過ぎる頃には、少しずつ変化があった。
返ってこなかった挨拶が返ってくるようになった。
倉庫の鍵も借りられた。
出荷の順番も、元に戻った。
何とか最悪の状況は抜け出したらしい。
私は胸を撫で下ろした。
また自分の農作業に戻らなければ。
その日の夕方。
軽トラックで自宅へ戻る途中、燃料計の針が空に近いことに気づいた。
慌てて島唯一のガソリンスタンドへ寄る。
「おう、来たんかぇ」
店主の男が笑いながら出てきた。
日に焼けた顔に油汚れのついた帽子。いつも気さくに話しかけてくる男だった。
「兄ちゃん、最近は島中の手伝いしよるらしいな」
ノズルを差し込みながら、機嫌よさそうに言う。
「兄ちゃん最近は評判ええぞ」
「……はあ、どうも」
自分でも情けない返事だった。
給油が終わり、支払いを済ませる。
店主は小銭を数え、私の手に乗せた。
そのときだった。
「いつも見てるからな」
低い低い男性特有の声で…。
油に汚れた帽子の下、笑っていない目がこちらを真っ直ぐ見ていた。
強い、逃げ場のない眼差しだった。
「……は、はい」
それしか言えなかった。
軽トラックを発進させる。
ルームミラー越しに、店主がまだこちらを見ていた。
手を振っているわけでもない。
見送っているわけでもない。
ただ、立ったまま見ていた。
そこでようやく気づいた、見送りではなく監視の目ということに。




