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1つ目の世界④

 戦場から離れた場所にある暫定基地に、絶望的な報告が届いた。

「谷下白矢、暴走」

 その一報は、基地を混乱に招くには十分すぎる言葉だった。この作戦は、「谷下白矢が死亡、または自らの意識で行動できない状況に陥った場合、即座に部隊全員で当人を処分する」という条件の元、国が特例で認めたものだ。その後ろには、彼の能力と権力、強力な後ろ盾があっってこそだったのだが、それがなくなった今、即座に部隊を下げるしかなくなった。

 ―――だが、今回ばかりは事情が変わった。

 司令本部で報告を待っていた盟は、その報告に驚愕の声を上げる。

「報告します!本作戦、続行を許可するとのことです!」

「え!?それは本当なの!?」

「はい!確かに、『谷下白矢を救出し、敵を討伐せよ』との通信が入りました!」

「そう…」

 少し考える素振りをしてから、盟は出入り口へと向かう。

「め、盟様…?」

 戸惑うように声を掛ける伝令係に、盟は伝言を頼む。

「総司令部に伝えなさい。『静閥盟、救出に向かう』ってね!私の力なら、彼を救うことが出来る!」

「りょ、了解致しました!」

 そうして、彼女は戦場へと向かった。




 いくつもの死体が重なり、仲間が息絶える瞬間を何度も見ながらも正気を保っていた隊員は、この惨事を起こした張本人の中にいるであろう人物にすがるように、声を絞り出した。

「た、隊長…なぜ…」

 そんな男の姿などどうでもいいかのように、白矢―――マレディクス冷徹な声で告げる。

「隊長?ああ、『寄生木(やどりぎ)』の呼び名か」

 その首を気だるげに消し飛ばしてから、誰に言うでもなく呟く。

「『寄生木』に適した身体だった。それだけだ。……それにしても、この体はよく馴染む。人の身体というのはなんとも新鮮だ。龍は巨体だからな。比べて、こっちは動きやすいし、身体が軽い。翼を生やせば空も飛べるし、魔力量も申し分ない。なにより、魂が御しやすい。龍であっても、所詮は老いぼれ、貧弱なトカゲよ」

 そう言いながらマレディクスが人の身体で遊んでいると、突如として光が生まれ、中から龍―――エランメイツが出てきた。

「―――やはり、あの少年を使ったか」

「む?おお、久しいな、エランメイツよ」

「それもそうだろう。我らが最後に邂逅したのは3000年も前なのだからな。……まあいい。単刀直入に言おう。その身体を離せ。死ぬぞ」

 マレディクスは、その言葉が滑稽に思い、笑い声を上げながら返す。

「俺が、死ぬ?何を言っているのだ、エランメイツよ。お前も歳だなぁ。見てみろ、すでに主導権は俺が握りしめている。ここから逆転するなんて、それこそ英雄でなければ無理だろうな!」

「……もし、その身体の魂が、英雄のものだとしたら?」

「貴様、それはどういう意味だ!」

 高らかな笑いをやめ、今度は鋭い殺気を出し始める。それに臆することもなく、エランメイツはただ、事実を淡々と述べる。

「私は数ヶ月前、この少年の力を垣間見た。その時点で、私は司龍と何ら遜色ないレベルの強さだと思った。……ここまで言えば、考えれば分かるだろう?」

「貴様……!俺を馬鹿にする気か!」

「どうやら歳になったのは貴様のようだな。『精神闘技場(スピリット・アリーナ)』!」

 マレディクスの身体に光の鎖が巻かれ、その力によって、意識が精神世界へと送り込まれる―――。




 精神世界。それは、全ての生物に存在する魂が、形を持って行動し、所有者によって全くの別物へと姿が変わる世界。谷下白矢の精神世界は、光で出来た環に闇で出来た鎖が巻き付いているような世界だった。そこに、一つの魂が形を持って現れた。

「………どこだ、ここ。……そうだ、たしか僕は、アイツに身体に入りこまれて……。じゃあここは、死後の世界?有り得そうだな」

「なら、何故俺がここにいると思う。人間」

 白矢が振り返ると、そこには龍の姿をしたエランメイツがいた。そして直感的に、白矢はこれが魂だと感じ取る。その後は、すぐに理解することが出来た。

「そうだ、ここはお前の精神世界。本来はお前を形作るための場所だが、アイツのせいで、ここはいわば決戦の地になった。俺とお前、どっちの魂が生き残るかのな」

「………つまり、ここでお前を殺せば、現実世界の身体はもとに戻る、ということか」

「その通りだ。そして、その逆もあり得る。……無駄話は終わりだ、行くぞ」

 上空に浮かぶ環の欠片が崩れ、足元に落ちる。

 ―――両者が同時に動き出す。

 龍は即座に足場を燃やし尽くして上空に移動し、大量の魔法を準備する。白矢は風魔法を使って上空へ飛び、魔法を切ることに特化した大量の剣を創る。魔法と剣が交差し、互いの間で全てが消滅する。衝撃で前が見えなくなる中、白矢は龍に向かって飛び出す。意表を突かれた龍は即座に鎖で絡め取るが、即座に創造した武器で切断し、胸部に剣を突き刺すが、魔力で固められた鱗に防がれ、一度距離を取る。

「驚いたな。このような精神の中、ここまでの闘いをするとは」

「それはどうも。自分でも驚いてるよ、自分の精神がこんなにもイカれてるんだから。闘う中で変化していくのも驚いたね」

「それもそうだろう。精神世界は『精神の具現化』。お前は今、純粋に闘いに燃えているという事が伝わる程には変わるのだ」

 マレディクスの言った通り、今、白矢の精神世界は、辺りが白に覆われ、赤と蒼の炎が燃え盛る世界になっていた。

 そうして、精神世界で幾度もの戦闘が繰り広げられる。

 爆発魔法で。大剣で。重力魔法で。大斧で。多くの武器、魔法……。あらゆる力を持って、戦が起こる。

 ―――そして、小さき身体がその場に立つ。




「………これ、どういう状況?」

 横たわっている白矢の体を注意深く監視しながら、盟はその場に残っていたエランメイツに確認する。

「お主の力なら、聞くまでもないであろう?真名を解放すれば済む話だ」

「なるほど、説明できないのね。分かったわ、少し離れてなさい」

 盟が立ち上がり、静かに目を閉じる。

「―――真名解放、『祝峰龍(しゅくほうりゅう)パルトフィア』」

 その瞬間。盟の黒髪が白銀に染まり、純白の翼が背に生える。服が神聖さを感じるとうなローブになり、手には杖が握られる。

「久しぶりね、この姿になるのも。何千年、いや、何万年ぶりかしら」

「お主の場合、使った身体の数ではないかの?」

「それもそうね。それにしても、今でも面白いわ。世界的に有名な財閥の一族が、私から始まって、その先端はまたもや私なのだから」

 そう、財閥盟、もといパルトフィアは、人間の一族を通して生まれた適合者に移り変わって生きている司龍であった。

「今はそんな話をしている場合じゃないわ。すぐに始めるわよ………『闘いの祝福(ブレス・オブ・バトル)』!」

 白矢の身体を中心に翡翠色に輝く魔法陣が生まれ、光が覆い尽くす。


 ―――そして、眠たいような目が開く。


「ん……あれ、どこだ、ここ……?」

「白矢!」

「ワフッワフッ!」

 盟が白矢に覆いかぶさり、そばにいた犬が喜びを表している。

「体は!?なんともない!?」

「え、な、なんのこと……それにここは、一体……?」

「……もしかして、覚えていないの?」

 不安そうに聞く盟に、白矢は俯きながら答える。

「うん。……正直に言って、なんで僕がここにいるのか、なんでこんなに兵士の人達が倒れているのか、さっぱり分からない。最後の記憶は、基地でマレディクスの話をしているところ……だと思う」

「そう……」

「クゥ〜ン……」

盟は、薄々感づいていた。口調がいつもと違うこと、そして、持ってないはずのスキルを使っていたこと。この二つだけでも、疑惑を持つには十分すぎる証拠だった。だが、原因がわからなかったため、そのときは緊張や不安からくるものだろう、自分の知らないところで使えるようになったのだろうと、そう思い込ませていた。

そんなぐちゃぐちゃになりそうな思いを抱えながらも、一行は暫定基地に戻る。


―――その時だった。

白矢の目の前に黒い魔法陣が現れ、赤い輝きを放つ。光は白矢を覆い尽くし、そして。

その場から、白矢の姿が消えた。まるで、


―――異世界に召喚されたように。

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