14 逃走
その頃、私はというと、よく状況が見えていなかった。
もちろん現場にはいるのだが、私より少し背の高いレオくんが私の前に立ち塞がっていて、よく見えない。
ちょっと退いてほしいな、と思ってレオくんを押してみるが、びくともしない。
なんなら、レオくんは私を背にして右腕を後ろに伸ばし、私を外側に押し退けていて、私の立ち位置は対峙し合っている二人と一体からだいぶ離れたところになっていた。
両者は睨み合っていて私も加勢したいところだが、レオくんに遮られて近づくこともままならないので、やむなく傍観者に徹していた。
膠着した状況のなか、先に動いたのはキィちゃんだった。
「人々が入り乱れる新しい出会いの季節 ゆりの花 暑い日差し 涼しい風」
キィちゃんが召喚呪文を唱え始める。呪文に合わせてキィちゃんの周囲に風が吹き込み、小さな光が渦となって集まり始める。
しかし、ただの魔法使いの圧倒的な弱点は、詠唱に時間がかかることである。戦いの最中では詠唱している間に決着がついてしまうことも稀ではない。
キィちゃんが呪文を唱え始めたと同時に、ピットちゃんがサーヤ先輩に向かって走り出した。スライディングでサーヤ先輩の股の間を潜ると、二人の後方にある教室の扉めがけて一目散に走っていく。
「え、あ、待ちなさいー!」サーヤ先輩が叫んで追いかける。
「ちっ、往生際が悪いわね!」キィちゃんも呪文を中断して、ピットちゃんの後を追いかける。
ピットちゃんは教室の扉に手をかけるが、教室の扉は人形にとって大きすぎたみたいだった。力を入れて引いているようだが動かない。
教室の扉を引っ張りながら立ち往生しているピットちゃんの背後に、キィちゃんとサーヤ先輩が迫る。
「もう逃げられませんよ!」
キィちゃんが叫びながら、体当たりするようにピットちゃんに掴みかかる。
しかしピットちゃんは素早い動作で床に転がり、キィちゃんの腕を避けた。空振りしたキィちゃんの腕は、教室の扉に勢いよくぶつかる。とても痛そうだ。
ピットちゃんは転がった姿勢から立ち上がり助走をつけて高く跳び上がった。三等身の身体を小さく丸めると、扉の隣にある窓に突進した。パリンと小気味良い音がして、窓ガラスが粉々になる。そのまま廊下側に落ちていった。
サーヤ先輩が扉を勢いよく開けて廊下に飛び出す。私とレオくんも続いて廊下に飛び出した。
ピットちゃんは廊下を全速力で駆けていた。すでにその姿は小さくなっており、廊下の突き当たりを曲がると姿は見えなくなった。
ぺた、ぺた、ぺた、ぺたと裸足の素足が床を力強く蹴り出す音が、廊下の遠くの方からいつまでも響いていた。
廊下を全速力で走るピットちゃん。その姿はホラー映画というよりも、アクション映画のような迫力に満ちていた。




