芽が出た
あれから数日が経つ。なんやかんや毎日のようにヴァル爺の家に通っている。たまに家に招かれ、一緒に食事をとることもあった。
近所の人とは、目が合えば挨拶を交わし、たまに天気の話をするくらいには、この場所に馴染んでいた。
「あっちぃ……」
最近、一段と暑くなってきた。本格的な夏が始まろうとしている。
汗を拭いながら曲げていた腰を伸ばす。
「さっさと手を動かせ。雑草なぞなければないほどいいんだ」
「うっせ、わかってるよ」
少し一息ついただけじゃないかと口を尖らせる。
畑仕事を続けてわかったが、この細い少女の肉体、見た目ほどか弱くない。
ヴァル爺も見た目の割に、ものすごくテキパキと動く。
傍から見れば、やたら元気いっぱいな爺さんと孫だ。
「今更だが、もう少しおなごらしくしたらどうだ」
「女らしくだぁ? 知らねえよ、俺は俺だ」
メグは、心を開くと素の喋り方をする。この世界において、それを見せる相手はルナ婆とヴァル爺だけだ。
それ以外の村人には、ニコニコと笑って敬語を使っている。これは長年で養ってきた処世術である。
ヴァル爺は最近、当たり前のように果実水を置いてくれている。冷たく甘い、水分補給に最適な飲み物だ。
「……生意気なガキだ」
言葉とは裏腹に、声に棘はない。この程度の軽口を叩くのは日常になりつつあった。
ともあれ、抜けども抜けども草ばかり。たまに地を這うよくわからない虫も、もうあまり見たくはない。
「魔法でちょちょいっとできたらいいのにな」
せっかくファンタジーな世界なのだ。それくらいできたっていいじゃないかとぼやく。
「ふん、魔法はそんな便利な物じゃない」
「そうかぁ」
ヴァル爺にピシャリと言われ、納得する。
無言で雑草を抜き続ける。
「うん?」
強烈な違和感に、メグは顔を上げてヴァル爺を見る。
「魔法について詳しそうじゃん、ヴァル爺」
「……知らん」
目が合わなかった。
「おいおい、じゃあ魔法って何ができるんだよ」
「知らんと言ってるだろう!」
「流石に知らんは無理があるだろう!」
畑に気を取られすぎて忘れかけていたが、メグは魔法を知っているかもしれないからと、この場に来ていたのだ。
「知ってるなら教えてくれよ、なあなあ」
「知らんと言ったら知らん!」
ぶー、と口を尖らせ、また足元を見る。
相変わらず、あちらこちらに雑草は生えていた。
◆◆◆
さらに数日が経つ。種を植えてから二週間ほどは経っただろうか。
今日も二人は畑をいじっていた。
抜いても抜いても気付けば生えている雑草を、二人は毎日抜き続ける。
キリのない作業ではあるが、不思議と苦痛には思わなかった。
いつものように視線を向けた先、普段見かけない植物が顔を出していた。小さく、それでいて力強い。
「ヴァル爺、これって……」
「ああ、ようやく芽吹いたか」
何が、とは言わない。言わずともわかる。
メグが種を植えた場所。ミミズが這った跡かと言われたその場所に、ケチェポの芽が出ていた。
「ヴァル爺! なあヴァル爺! これ!」
「わかったわかった。騒ぐないちいち」
改めて見ると本当に小さい。この芽は今後どう育つのだろう、どんな花を咲かせるのだろう、どんな実をつけるのだろう。
何一つとしてこの植物については知らないが、確かにわかることが一つ。
メグの行動が、形となったのだ。
「そうか……そうなのか」
「……なんだ」
俯くメグに、ヴァル爺は視線を向ける。
「俺は……ここに生きてるんだな」
「……」
口にしてみると、不思議と胸の奥にすとんと落ちた。
沢田恵は、確かにこの地でメグとして生きていた。
「よくわからんが、お前はただの生意気なガキだ。それだけだ」
「……ああ」
風が吹いた。
メグの銀色の髪と足元の小さな芽が、同じように風に揺れていた。




