ヴァル爺
翌日は言われた通り、少し遅めの時間に家を出た。今日は昼飯を抜かれても困ると、ルナ婆がパンを包んでくれた。
今日はなんだか気分がよかったので、すれ違った村人に「おはようございます」と挨拶をしてみた。
村人たちは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに「おはよう」と返す。
実にいい朝だった。
「ふん、飽きずに来たか」
「ああ、来たよ爺さん」
もうすでに爺さんは畑の前に立っていた。その手には種の入った籠がある。
「……ちょっと楽しみにしてたか?」
「そんなわけなかろう。お前が来ると言ったから待っていただけだ」
素直じゃない爺さんだ、と肩をすくめる。
メグは爺さんの持つ籠を覗き込んだ。
「それで、今日はなんの種を植えるんだ?」
どんな名前が出たところでわからないのだが、聞かずにはいられない。
「ナスだ」
「へぇー……うん?」
聞き間違いだろうか、と爺さんの目を見る。しかし、再び「ナスだ」と返答が来る。
「ナスって、あの?」
「何を言っておるんだ」
ここに来て知っている名前が出てくるとは思わなかった。いや、名前だけかもしれない。
「濃い紫色の?」
「は? 緑だが」
うん、名前だけかもしれない。
籠を受け取り、畝の前にしゃがみ込む。昨日の頑張りによってふわふわになった土に、指を押し当てる。穴を広げ、種を数粒蒔き、土を被せる。
等間隔に、まっすぐそれを行なっていった。
爺さんは何か言おうと口を開くが、そのまま閉じてフンッと鼻を鳴らす。
昼になった。
頭上に浮かぶ太陽が、チリチリと肌を焼く。
「飯はあるのか」
爺さんの声に顔を上げ、頷く。
「パンがある」
答えを聞き、爺さんは顔を顰める。
「パンだけか?」
またも頷くと、爺さんは深くため息をついた。
何も言わずに家の中に引っ込む。
しばらく経ち、扉が開く。
「入れ」
畝に指を突き立てながら、メグはぽかんと口を開けた。
「なんだそのアホ面は。さっさと来い。気が変わらんうちにな」
お言葉に甘えて扉をくぐると、家の中はきっちりと整っていた。案内された居間には本棚があり、何やら難しそうな本が並んでいる。
しっかりした木材のテーブルには、シチューのようなスープが二人分置かれている。
「座れ。冷める前に食え」
「あ、ああ」
戸惑いながらも椅子に座り、持って来ていたパンの包みを開く。大きめのそれを、半分に千切って爺さんの前に置く。
簡単に「千切る」なんて言ってるが、このパン、めちゃくちゃ硬い。畑仕事より腕がもげそうだった。
「……フンッ」
じっと半分のパンに視線を向けた爺さんだったが、鼻を鳴らしてそれを手に取る。
スープをスプーンで掬うと、シチューほどのとろみがないのに気付く。いわゆる、ミルク煮であった。
口に含むとミルクと野菜の風味が広がり、最後に鼻を通り抜けるように香草が香る。
控えめに言っても美味しかった。
「めっちゃ美味い」
ピタリと爺さんの手が止まるが、すぐに動く。
「そうか」
二人の食べる音だけが部屋に響く。案外、悪くない時間だった。
食事を終え、空の食器を前に二人は黙っている。静寂を破ったのはメグだった。
「爺さん、あんた名前なんていうんだ?」
その問いに爺さんは呆れたようにため息をつく。
「散々来ておいて今更だなガキが……ヴァルドだ」
「ふーん、カッコいい名前じゃん。じゃあヴァル爺でいい?」
「ヴァル爺だぁ? こんのガキ、変な呼び方しよって」
怒ったように眉を寄せるヴァル爺。しかし、拒絶する様子はなかった。
そして、再びため息をつく。
「おいガキ。あの婆さんのところにはいつまでいるんだ」
「いつまで……うーん、わからんな」
「……そうか」
再び沈黙。
「どこから来た」
「遠いところ」
「……名前は」
「メグだ」
「……」
沈黙。
「飯は食えてるか」
「ああ、婆さんが毎日用意してくれてる。どうしても料理だけは手伝わせてもらえないんだ」
「そうか」
沈黙、少し話す、そしてまた沈黙。
不器用ではあるが、昨日までにはなかった会話だった。
「そろそろ続きだ。ワシも反対からやる。さっさと終わらせるぞ」
「……ああ、頑張るさ!」
口調は相変わらずだ。
それでも、メグはどこか嬉しかった。




