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世界樹の最後のTSエルフ  作者: 巌沢雪乃
一章 世界樹のふもと

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ヴァル爺

 翌日は言われた通り、少し遅めの時間に家を出た。今日は昼飯を抜かれても困ると、ルナ婆がパンを包んでくれた。


 今日はなんだか気分がよかったので、すれ違った村人に「おはようございます」と挨拶をしてみた。

 村人たちは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに「おはよう」と返す。


 実にいい朝だった。


「ふん、飽きずに来たか」

「ああ、来たよ爺さん」


 もうすでに爺さんは畑の前に立っていた。その手には種の入った籠がある。


「……ちょっと楽しみにしてたか?」

「そんなわけなかろう。お前が来ると言ったから待っていただけだ」


 素直じゃない爺さんだ、と肩をすくめる。


 メグは爺さんの持つ籠を覗き込んだ。


「それで、今日はなんの種を植えるんだ?」


 どんな名前が出たところでわからないのだが、聞かずにはいられない。


「ナスだ」

「へぇー……うん?」


 聞き間違いだろうか、と爺さんの目を見る。しかし、再び「ナスだ」と返答が来る。


「ナスって、あの?」

「何を言っておるんだ」


 ここに来て知っている名前が出てくるとは思わなかった。いや、名前だけかもしれない。


「濃い紫色の?」

「は? 緑だが」


 うん、名前だけかもしれない。


 籠を受け取り、畝の前にしゃがみ込む。昨日の頑張りによってふわふわになった土に、指を押し当てる。穴を広げ、種を数粒蒔き、土を被せる。


 等間隔に、まっすぐそれを行なっていった。


 爺さんは何か言おうと口を開くが、そのまま閉じてフンッと鼻を鳴らす。


 昼になった。


 頭上に浮かぶ太陽が、チリチリと肌を焼く。


「飯はあるのか」


 爺さんの声に顔を上げ、頷く。


「パンがある」


 答えを聞き、爺さんは顔を顰める。


「パンだけか?」


 またも頷くと、爺さんは深くため息をついた。

 何も言わずに家の中に引っ込む。


 しばらく経ち、扉が開く。


「入れ」


 畝に指を突き立てながら、メグはぽかんと口を開けた。


「なんだそのアホ面は。さっさと来い。気が変わらんうちにな」


 お言葉に甘えて扉をくぐると、家の中はきっちりと整っていた。案内された居間には本棚があり、何やら難しそうな本が並んでいる。


 しっかりした木材のテーブルには、シチューのようなスープが二人分置かれている。


「座れ。冷める前に食え」

「あ、ああ」


 戸惑いながらも椅子に座り、持って来ていたパンの包みを開く。大きめのそれを、半分に千切って爺さんの前に置く。

 簡単に「千切る」なんて言ってるが、このパン、めちゃくちゃ硬い。畑仕事より腕がもげそうだった。


「……フンッ」


 じっと半分のパンに視線を向けた爺さんだったが、鼻を鳴らしてそれを手に取る。


 スープをスプーンで掬うと、シチューほどのとろみがないのに気付く。いわゆる、ミルク煮であった。


 口に含むとミルクと野菜の風味が広がり、最後に鼻を通り抜けるように香草が香る。

 控えめに言っても美味しかった。


「めっちゃ美味い」


 ピタリと爺さんの手が止まるが、すぐに動く。


「そうか」


 二人の食べる音だけが部屋に響く。案外、悪くない時間だった。


 食事を終え、空の食器を前に二人は黙っている。静寂を破ったのはメグだった。


「爺さん、あんた名前なんていうんだ?」


 その問いに爺さんは呆れたようにため息をつく。


「散々来ておいて今更だなガキが……ヴァルドだ」

「ふーん、カッコいい名前じゃん。じゃあヴァル爺でいい?」

「ヴァル爺だぁ? こんのガキ、変な呼び方しよって」


 怒ったように眉を寄せるヴァル爺。しかし、拒絶する様子はなかった。

 そして、再びため息をつく。


「おいガキ。あの婆さんのところにはいつまでいるんだ」

「いつまで……うーん、わからんな」

「……そうか」


 再び沈黙。


「どこから来た」

「遠いところ」

「……名前は」

「メグだ」

「……」


 沈黙。


「飯は食えてるか」

「ああ、婆さんが毎日用意してくれてる。どうしても料理だけは手伝わせてもらえないんだ」

「そうか」


 沈黙、少し話す、そしてまた沈黙。

 不器用ではあるが、昨日までにはなかった会話だった。


「そろそろ続きだ。ワシも反対からやる。さっさと終わらせるぞ」

「……ああ、頑張るさ!」


 口調は相変わらずだ。


 それでも、メグはどこか嬉しかった。

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