俺、やってみるよ
早朝、朝食と身支度を済ませた二人は、例の爺さんに会いに向かった。
爺さんの家は村から外れ、森に少し入った場所にぽつんと建っていた。
ルナ婆は家の前に立ち、何も迷うことなく扉を叩く。
「おい、早く出てきな。いるのはわかってるんだ」
昨日も見たような光景である。
重い木の扉が軋みながら開き、中から出てきたのは身長の低い、てっぺんハゲで白髪の爺さんだった。
ボロ布のような衣服を身につけており、年老いてはいるが腰がしゃんと伸びている。
「なんだ、あんたか。何の用だ」
まるで興味のないようなその態度を、ルナ婆はまるで気にした様子もない。
「用があるのはこの子さ。この子、魔法が使いたいらしいが、あんた教えてやれないか?」
「無理だ。魔法など使えん。用は済んだな? 帰れ」
扉を閉めようと爺さんは一歩下がるが、代わりにルナ婆が一歩前に出る。
「嘘を言うんじゃないよ。あたしゃ特別目がいいんだ。あんたのこと、ずっと見てたよ」
「……」
重い沈黙が訪れる。しかし、爺さんはしばらくルナ婆の目を見て、ため息をついた。
「はぁ……それで、このガキがなんだって?」
「あんたの目は節穴かい? よくこの子を見るんだよ」
そこで初めて、メグと老人は目を合わせた。
「なんだ、このガキは」
老人の目が一瞬、鋭くなった。
「エルフさ。まさか実在するとは思っていなかったが」
「……」
そしてまた沈黙。だがすぐに興味がないかのように目を逸らし、また一歩下がる。
「帰りな。教えることなど何もない」
扉が閉まった。
想像していた以上に頑固なようだった。
しかし、それでも……。
「あの爺さん、やっぱ何か知ってそうだったねえ。メグ、あんた本気で魔法が使いたいかい?」
少し俯いていたメグが顔を上げると、ルナ婆の顔はまるでイタズラを思いついた子供のように歪んでいた。
「毎朝、ここに来て扉を叩きな。怒られてもあたしの名前を出しゃいい。あんたが本気ならあたしゃ応援するよ」
「婆さん……」
身の回りの世話から、こんな願いの後押しまで。何から何まで面倒を見てもらってばかりだ。
心に感謝の念を抱きつつ、大きく頷いた。
「俺、やってみるよ」
太陽のような笑みだった。何か宝物を見つけたような、そんな笑みだ。
この日、メグの中に目標が誕生した。
それが吉と出るか凶と出るか。それは誰にもわからない。だが、確実に言えることがある。
何十年と止まっていたメグの中の歯車が、音を立てて動き始めた。
「それはそれとして、その顔絶対に他の子供の前でやるなよ。食われるって叫んで逃げるぞ」
「は?」
初めて、ルナ婆からゲンコツを食らった。
◆◆◆
1日目。普通に朝から扉を叩いた。
「誰だ……はぁ。お前か。帰れ」
「魔法をどうしても使ってみたいんだ!」
「うるさい。知らん」
文字通り、門前払いである。
しかしここで諦めるメグではない。
2日目。朝から扉を叩いた。
反応がない。
「宅配便でーす」
反応がない。そりゃそうだ、声がメグのまま。なんならこの世界に宅配便などない。
「諦めないぞじいさん!」
3日目。扉を叩いた。
扉が開いた。バケツで水をかけられた。
ずぶ濡れになりながらも頼んでみたが普通に扉を閉められた。
今日もダメそうだ。
4日目、トイレの汚れが気になり掃除をしていたため、昼前に爺さんの家に行く。
爺さんは家の横の畑で何か作業をしていた。
「や、爺さん」
「またお前か……何度来ても結果は変わらんぞ」
「そうか……それは今何してるんだ?」
「は?」
魔法を教えろとせがまれると思っていたのだろう、一瞬爺さんは間抜けな顔をした。
「……はぁ。種植えだ」
「へぇ、なんの種?」
「ケチェポ」
全然知らない名前が出てきた。そりゃそうだ、ここは異世界だ、確実に。むしろ、知っている植物を探す方が難しいだろう。
内心では「ケチェポってなんだよ!」と叫びつつ作業を眺める。
慣れた手つきだった。何年もこうしているのだろう。畝に均等に穴を開け、種を植える。
こうやって眺めていると意外と面白い。見ていてもなかなか……。
「飽きるだろう。見ていても」
似たようなことを考えていたようだが、感想は真逆であった。
「いや、面白い。なあ爺さん、俺もやってみていいか?」
「……はぁ。いいか、余計なことはするなよ」
深いため息の後、渋々といった感じで了承してくれた。
メグは爺さんと並び、見よう見まねで種植えを始める。
「ああ、違う。穴はこうやって指で広げるように……」
「ズレてるぞ!もっとちゃんと間隔を見ろ!」
「だーかーら、穴はこうやって……」
「あーこれだからガキは!」
そんな調子で頑張ることしばし。
「ま、最後の方は形になったか。はぁ……自分でやりゃよかった。見ろあの辺。ミミズでも這ったのか?」
頑張ったのにこの言い草である。
「っく、最初からできるわけないだろ!教え方が悪いんだ!」
勝手にやらせてもらった身で言うことでもないが、思わず言い返した。
「なんだと、生意気なガキめ。帰れ!」
「言われなくとも!」
フンッ、と目を逸らそうとした先に、まだ耕されてない部分があるのに気付く。
「爺さん」
「なんだ、まだいたのか?」
「あそこもまたなんか植えるのか?」
指差した方向に爺さんが視線を向ける。
「ああ、そこは明日また触る予定の場所だ」
「ふーん?じゃ、今日はありがとな。楽しかったわ」
「二度とくんなガキ!」
メグが立ち去った後も、爺さんはしばらくその背中を眺めていた。
「……なんだあのガキは」
大きくため息をついて、家の中へ戻っていった。




