明日が楽しみだ
やや時は過ぎ、メグはルナ婆の家を掃除していた。
まず手をつけたのは客室。今後メグの寝室になるその場所は、至る所が埃まみれで、昨晩この場所で眠ったのが信じられないほどであった。
窓を全開にし、箒や濡れた布を使って、人が住める環境に戻していく。
「ああぁ、疲れたぁあ!」
時間はかかった。しかし、メグは成し遂げていた。埃をはらい、床を拭き、硬い毛布やシーツを天日干しする。
ベッドの下から、わけのわからない虫の死骸が出てきた時は軽く悲鳴を上げそうになったが、なんとか明るいうちに掃除を完了させた。
居間へ行くと、ルナ婆は安楽椅子で眠っていた。
起こさぬよう台所へ行き、飲料水を木のコップに注ぎ一気に飲み干す。
ぷは、と控えめに息を吐く。日はかなり傾いており、そろそろ空が赤く色付く頃だった。
「む……」
台所の汚れが目についた。気になってしまった。
「ふぅ……」
コップに水を半分ほど注ぎ、飲み干す。
一息つけたので、メグは再びタオルを持って台所の掃除を始めた。
さらに時間が経ち、そろそろ蝋燭が必要になる時間帯。ルナ婆は目を覚ました。
「精が出るね。ここに来たばっかなんだ、そんなに根詰めなくてもいいんだよ」
そう言うルナ婆に首を振る。
「性分なんだ。してもらいっぱなしじゃ落ち着かない。婆さんこそ、ちったぁ甘えたらどうだ?」
「フンッ、ガキが」
ルナ婆がメグの手元を見た。長らく簡易的な手入れしかしていなかった台所が、明らかに綺麗になっている。
「ほう? やるじゃないか」
素直に褒められ、メグは一瞬たじろぐ。こんな小さなことで褒められる経験など、何年、いや何十年ぶりだろうか。
くすぐったい気持ちになりつつ、残っていた汚れを拭き取って掃除を終えた。
「じゃ、今度はあたしが返す番だな。飯作るからほら、さっさとおどき」
「あ、てつだ……」
「いいから」
ピシャリと拒否された。これ以上しつこく粘っても逆に迷惑だろう。大人しく引き下がることにした。
「なんか必要になれば言えよな、婆さん」
「必要になればね」
必要なさそうだ。まだまだくたばりそうにない婆さんである。
長年やってきただけあって、ルナ婆の料理は手際がいい。
日中に多めに買った串焼きの肉を散りばめたサラダ。朝口にしたものに似た風味のスープ。そしてめちゃくちゃ硬いパン。
串焼きの味はもう知っている。メグの知らない香草、調味料によって味付けされた謎の肉。鶏肉に近いそれは、クセが少なく食べやすい。
後々聞いてみたところ、あれは森の中に出るウサギのものらしい。聞くからに普通のウサギではなかったが、まあ今はいい。
「なあ婆さん、ずっと気になってたんだけど」
「なんだい」
世界樹だとか魔力だとか魔法だとか。明らかにメグが住んでいた世界には存在しない言葉の数々。気にならないわけがなかった。
「魔法ってどうやって使うんだ?」
魔法。それは物語の中でよく描かれる万能の力。炎を出し、水を生み出し、風を起こす。
そんな奇跡のような力がこの世界には存在しているのだ。
「知らん」
「……え?」
しかし、返ってきた言葉はあまりに無情だった。
「でも婆さん、魔力が見えるって……」
フンッとルナ婆は鼻を鳴らす。
「あたしゃ見えるだけさね。使うとなるとてんで無理だ」
メグは肩を落とした。それはもう盛大に。
魔法が使えると心の中ではしゃいでいた48歳はガチヘコみしていた。
「……だけど、心当たりがないと言えば嘘になる」
メグの目が一瞬で輝いた。感情がジェットコースターのようだ。
「え!?」
「まあ、確信はないんだけどねえ」
ルナ婆の目が少し離れた場所を見ている気がする。
「その昔、この村に爺さんが移住してきたんだ。見た目は普通、性格はやたら頑固。自分の畑をいじって時折村に酒を買いに行く、そんな爺さんだ」
うんうん、と頷いて聞く。今だけは年相応の少女のような目をしている。
「だーれも気付かない。でもあたしゃ魔力が見えている。あれは……おそらくただもんじゃないよ」
つまり、その爺さんが魔法を使える可能性がある、と。ルナ婆は言っているのだ。
「そ、それで。会いに行けるのか? その爺さんに」
「ああ。ただし……」
「ただし……?」
ごくりと唾を飲む。
「今日は遅いから明日ね」
ずっこけそうになった。
確実に今の場面で溜める必要はなかった。
しかしルナ婆のお茶目な部分が見れたと思うとある意味収穫だろう、とメグは無理やり自分を納得させ、食事を続けた。
「久しぶりに、あの爺さんにも会いに行こうかねぇ。ちゃんと朝起きるんだよメグ」
「ああ、絶対起きる。任せてくれ」
魔法、魔法だ。自分にとてつもない才能があったりして。どんな相手でも無双できる最強の魔法使い、そんなものを想像しながら食器を片付ける。
完全に浮かれている。
この後、また水の使い過ぎを怒られた。
「じゃあ、おやすみ婆さん」
「ああ、しっかり寝るんだよメグ」
綺麗になった客室、もといメグの寝室に行き、ベッドに転がる。
明日が楽しみだ。明日が来るのを楽しみにしたのもいつ以来だろうか。自然と上がる口角をそのままに、目を瞑る。
天日干しの香りが寝具から漂う。今日もまた、ぐっすり眠れそうだった。




