世界樹のふもと
支度を済ませた二人は家を出た。日差しは強まり、ポカポカと体を温める。
体感、初夏くらいの気温だ。
村を歩くと、すれ違う大人たちは珍しいものを見るような目をメグに向け、子供たちは時折「耳なっがー!」と騒いだ。
村長の家は少し離れた場所にある。世界樹の切り株に沿って反時計回りに歩くと、辿り着ける。
「でっ……か」
メグが目覚めた場所、世界樹の切り株。夜は周りを観察する余裕なんてなかったため気付かなかったが、改めて見ると、その大きさは異常だった。
ある程度の間隔で掘られた階段を村人たちは登ったり、座ったり、あるいは遊びに使っている。
ここに木が残っていたら、見上げたところで全貌は把握できていなかっただろう。
現に、高さだけなら二階建ての建物ほどしかない切り株ですら、近くからでは端から端まで見渡せない。
「あんたがここに来てから、世界樹の中で渦巻いていた魔力が明らかに減ってる。本当に何者なんだい、メグ」
「さあ?」
問われたところでわからない。知る術もないのだ。
「さ、ここだよ」
一際大きな建物の前でルナ婆は立ち止まった。そして無遠慮に扉を強くノックする。
「おぉい、いるんだろう。早く出てきな」
ノックをし続けていると、禿頭の老人が杖をつきながら扉を開けて姿を現した。
「なんじゃ朝から騒々しいのう。おや、こらまた別嬪さんじゃのう」
老人が顎に手を当て、細い目を懸命に開きながらじっとメグを観察する。
そして一言。
「ふむ、耳が長いのう」
そうじゃのう。と返したくなった。
「そんなことより、森で保護したんだ。家族も見つからんからうちで預かる。その報告をしに来たんだよ」
森。事実と異なる言葉が出てきたため、チラリとルナ婆に視線を向けるも、特に気にした様子はなさそうだった。
「そうかそうか、森で……大変だったじゃろうに。ルナリアは顔はアレじゃが面倒見がいい。しっかり頼るんじゃぞ」
優しげに微笑む老人に頷く。
「あ、そうじゃ。ワシはこの村の村長をしている、ゴルドフじゃ。お嬢ちゃんの名前は?」
「メグです」
「メグ、メグちゃんね。よろしく頼むよ。それじゃ、膝が痛いからワシはそろそろ失礼するよ」
「老いたねぇ」
「ほほ、互いにの」
扉が閉まる。
ルナ婆はもう歩き出していた。もう少しこう、余韻的なものに浸ってはどうかと思わなくもないが、世話になってる手前何も言えずついて行った。
道中、やはり気になったので質問をする。
「婆さん、なんで森だなんて嘘を?」
メグの問いに、ルナ婆は額に手を当て大きくため息をついた。
「あのねぇ、あんた自分がどんだけ変な存在なのかわかってるのかい?エルフってだけで目を引くのに、よりによって世界樹の中心で保護だなんて……言えるわけないだろう?」
確かにそうかも知れなかった。あまりピンときてはいないが。
「あたしゃ古い本を集めるのが趣味でね、その中でたまたまエルフって存在を知ったんだよ。村長も、村人も、みんな耳がやたら長くて、色が変な女の子くらいにしか思ってないんだよ。いや十分変だけどね」
そこまで言われて、少しだけピンときた。
「気遣いに感謝」
「本当だよまったく。しっかりしてんだか抜けてんだか」
ルナ婆からのメグへの視線は生ぬるかった。
次に辿り着いたのは、若い女性が営む服屋であった。扉を開けて中に入る。店主の女性はメグの姿を見て、一瞬で目を輝かせる。
「いらっしゃいませぇ!」
やけに張り切った声。やや血走った目でメグへ迫る。
「うぉ……」
鼻息が当たる距離にまで近付いた女性の顔に、思わず顔を背ける。
「おっとごめんごめん。あまりに可愛い女の子だったからつい……初めましてだね、私はユル!この服屋を経営してるよ!」
ユルと名乗る女性の髪は栗色で、大きく見開かれた目にも同じく栗色の瞳が輝いていた。
余談だが、この村の村人たちは大体栗色の髪、栗色の瞳を持っている。
「えっと、メグです」
女性経験の少ないメグからして、若い女性に至近距離まで迫られるという経験はなかなか心臓に悪い。
他人が見れば少し人見知りな反応、ルナ婆から見ればややおっさんみたいな反応に感じるのが不思議なところだ。
「メグちゃんね!服を買いに来たんでしょ、絶対そう!」
「え、ええ。まあ……」
たじたじだった。
助けを求めようとルナ婆に目を向けるが、フンッと鼻で笑われた。
「こいつ、この服しか持ってないんだ。いい感じに見繕ってやんな」
「えっ」
「えっ!?」
今の反応の前者は見捨てられたことへの反応。後者は、本当に好きにしていいの?という期待の反応であった。
そこからは嵐だった。これが似合う、だとかこれが流行り、だとか。女の子に対して少し恐怖を覚えた。
メグの目が死に始めた頃、ようやく5着まで絞られた。シンプルだが、少女らしさのあるシャツが3着、胸元の赤いリボンがワンポイントになった白いワンピースが1着、複雑な白い刺繍の施された黒い服が1着。
ズボンやスカートも何着か並んでいるが、詳細は省く。
「そ、れ、で。下着もないんだったよね?」
「えっ」
そう、さっきサラッとルナ婆が「下着が一着もないんだ」と言った。ユルの目がさらに輝きを増していた。
「いろいろあるよぉ、肌が白くて綺麗だし、瞳の色に合わせて淡い緑の下着なんてどうだろう、この村でこの色を出せるのは私だけなんだよ!実質、うちでしか買えない商品ってわけ!それで、こっちのは……」
メグは諦めていた。何もかも。下着を選ぶ間、その視線はずっとどこか遠くに向けられていた。
「まいど!ありがとうございましたー!」
元気な声に見送られて店を出る。ルナ婆が持ってきていた皮のバッグに買った物を詰め込み、歩き出した。
「はぁぁ……」
久しぶりの大きなため息だった。前の生活でもため息はほとんどつかない方だった。
でも流石に今回は疲労感がとにかくすごかった。
なんだかルナ婆からの視線も哀れみの感情が込められているように感じる。気のせいかも知れないが。
それはさておき、本日の目的は無事に達成できた。
「じゃあ、何かつまめる物でも買って帰ろうかねぇ。途中に肉の串焼きを売ってる屋台があるんだ。案外悪くない味だよ」
串焼き。実にそそられる響きであった。
「ぜひ!」
「ふ、ガキが」
ルナ婆の言葉には棘がなく、まるで孫を可愛がるお婆さんのような、そんな声だった。




