旅の初日
ガタガタと森に音が響く。ロッカが引く二台の荷車。その先頭にガレス、二台の間にミレア、後ろでリックが歩いている。
ロッカはそれほど足が速くないため、護衛の三人は移動の間、ずっと歩いているらしい。
それはさておき、メグは村を出てすぐ、ある問題に直面していた。それは……。
「ケツ痛い……ぎもぢわるい……」
クッション性のない荷車の上で、体重の軽いメグは何度もお尻をぶつけている。とても痛い。
そしてサスペンションなんて便利な物もないので、揺れが直にメグに伝わる。
おかげで、あっという間に乗り物酔いしていた。
前の荷車に乗るメグの様子を、すぐ後ろを歩くミレアは笑いながら見ていた。
「初めてだったらそうなるよねぇ、一緒に歩く?」
揺れる荷車の上で、メグは顔を青くしながら必死に頷いた。
降りてしばらく、酔いが治るまではフラフラしていたが、やがて視界に広がる光景に息を呑む。
森の中だ。今メグが歩いているのは整備の行き届いていない道。
でこぼこで、石はそこら中に転がっており、たまに動物のフンが落ちている。
木々の隙間から覗く太陽は、まだ真上に来ていない。
「落ち着いた?」
そんな様子を見たからか、ミレアが声をかける。
「はい、だいぶ」
大きく息を吸うと、なんだか空気が綺麗な気がする。これがマイナスイオンとやらだろうか。
揺れと酔いのせいで気付かなかったが、森のあちこちからわけのわからない動物の声が聞こえる。
「それはよかった。歩く速度は大丈夫? まあ遅くすることはないから、つらかったらまた荷台に乗ってもらうんだけど」
「大丈夫です!」
想像するだけでゾッとした。メグは、このほんのわずかな時間で、トラウマに近い感情を抱いていた。
後方から声が聞こえる。
振り向けば、後ろの荷車を引くロッカの上でベルガンが笑っていた。
「子供ですからね、ゆっくり慣れていけばいいのです」
なんて発言に、言うほど子供じゃないんだけどなと口を尖らせる。その仕草が幼さを加速させているのに、本人は気付かない。
「これはここだけの話なんですけどね……」
ベルガンはニヤリと悪戯っぽく笑う。
「ニコルも荷台に乗るのを嫌がります」
どうやら仲間がいたようだ。
メグは改めてミレアを見る。最初に会った時と同じ鎧を着ているが、その腰には見覚えのない長剣が差さっている。
本当に、命のやり取りがある世界なのだと実感した。
なんだか怖くなり、腰に提げたナイフの柄に手を乗せる。命を守るのに心許ないそれが、メグの心には少しの安心感を与えた。
小休憩を挟みながらも歩き続ける。太陽はとっくに頭上を通り過ぎ、あとは沈むだけになっていた。
この辺りで、メグは恐ろしい事実に気が付いてしまう。
目の前に広がる景色は今日一日中ずっと変わらず、何も起きていない。
遠くから聞こえる獣の声も今は意識から外れかけている。
それが一番マズい。
この森にも魔獣がいるらしい。今は普通に歩いているが、いつその普通が壊れてもおかしくない場所なのだ。
だからこそミレアたち三人が護衛として雇われているわけである。
森は危険な場所。実は、これはルナ婆からも聞かされていた話であった。
そんな場所でメグは油断しきって、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で歩いていた。
メグは馬鹿ではない。ゆえに、気付けてしまった。
普段閉じている魔力感知を開いた。辺り一面の様子がなんとなくわかるようになる。
離れた場所に行けば行くほど、よくわからない魔力の塊が存在しているのがわかる。
それらは、その場に留まっていたり、不規則に動き回っていたり、あるいは高速で移動していたりする。
おそらく、それが魔獣だ。近くにはいないが、そこら中に魔獣が潜む場所だったのだ。
メグの顔が少し青ざめた。隣を歩くミレアは、そんなメグを見て微笑んでいた。
空がオレンジ色に染まる前から、一行は野営の準備を始めた。メグの役割はリックと燃料になりそうな枝を探すことだった。
「じゃあ行くっすよ」
「よろしくお願いします」
リックの身長はメグより少し高いくらい。150センチくらいだろうか。
そんな、目の前を歩く彼の小さな背中は、見た目以上に大きく感じた。
「オレが拾っていくからその籠に入れてってほしいっす」
「わかりました」
あらかじめ手渡されていた大きな籠を背負う。はじめにメグと一緒に荷台で揺られていた籠だ。
メグのケツはあっという間に限界を迎えたというのに、籠はうんともすんとも言っていない。
道から外れた途端、森の中は一気に暗くなったように思えた。
実際、木が生えていない場所から、生えている場所に移動しているのだから当たり前なのだが。
「ゆっくり歩くから絶対にはぐれないでくれっす」
言うまでもなくそうするつもりであった。
リックを常に視界に入れているし、魔力感知も全力稼働中である。
籠が重くなってきた辺りでリックは歩みを止めた。
「この辺にするっす」
そう言って、来た道を引き返し始める。
メグはとっくの前に方向感覚を失っていたが、迷いのないリックの歩みについて行くこと少し、あっさりと残ったみんなと合流できた。
「……すげぇ」
感心せざるを得なかった。
今日のこの状況であればメグは迷わない。なぜなら、ミレアたちの魔力を常に感じられるから。
もしメグがたった一人でこの森に入ったら?
確実に迷っていただろう。
火起こしはメグの魔法があるため一瞬で終わった。水を汲む必要すらない。
やはり魔法は便利な力なのだ。
焚き火を囲いながら一行はめちゃくちゃ硬いパンと干し肉を食べる。
狩りでもしない限り、道中の食事はこれだけらしい。
メグはわざわざ危険を冒してまで新鮮な肉を求めていなかった。
ルナ婆からもらった木のコップに水を注ぐ。小さめのそれは、メグが使うには程よいサイズ感であった。
「えーっと、今日の不寝番はアタシ、ガレス、リックの順番でいい?」
「問題ない」
「了解っす」
三人のやり取りにメグは首を傾げる。
「不寝番ってなんですか?」
「いい質問だねメグちゃん。不寝番ってのは、夜の間寝ずに見張りをすることだよ。これをしないと、夜中に気付いたら魔獣や魔物に囲まれてた、なんてことが起きるの」
寝ている間に餌になっている自分を想像して、身震いした。
「あの、俺も……」
「メグちゃんは旅に慣れてないんだから寝ててね。明日動けない方が困るから」
「……はい」
正論であった。後半で変に緊張してしまったせいで異様な疲労感がある。
寝不足のまま明日も歩くのは結構自殺行為であった。
夕飯も終わり、ベルガンから厚手の布を受け取った。野営にベッドなどない。布団もない。もちろん寝袋もない。
手渡された布を地面に敷く。その上に寝転ぶと、いくら厚くても布の下の石があちこちに食い込んで痛い。
目を瞑ってみたが、安眠などできそうになかった。
しばらくして、ミレア以外が寝る準備を始める音がした。布が擦れる音、地面を蹴るような音。
目を瞑ったままのメグからその様子は見えない。やがて、その場が静まり返る。
メグの耳に届くのは虫の声、そして枝が焼けて弾ける音だけだ。
人が周りにいるというのに、なんだか心細く感じた。




