初戦闘
三日目にもなると、いい意味での慣れのようなものが出てきた。
無駄に広げていた魔力感知を狭め、精度を上げた。
相変わらずナイフの柄に手を乗せてはいるが、初日ほどの恐怖はない。
「いやー、メグちゃん連れてきてよかったよ! すっごい快適な旅!」
今日もメグが歩くのはミレアの隣だ。
ミレアの発言に、ロッカに騎乗するベルガンも頷く。
「どこでも水を用意できるのは流石に強みと言わざるを得ないですね」
聞くところによると、野営において水場の確保というのは、想像以上に難易度が高いらしい。
まず川や池を探さなければならない。道から離れるだけ危険は増していく。
その水が安全かどうかもわからない。成分的に有毒である可能性もあるし、どんな寄生虫がいるかもわからない。
利用するなら確実に煮沸や濾過をする必要がある。
そのため、いつでもどこでも安全な水を出せるメグの存在は、野営においてはかなり大きい。
昨日の夕方ごろのことだ。
「メグちゃん! 髪洗いたい!」
石鹸の良さにどっぷりハマってしまったのか、一日水浴びをしなかっただけでかなり気持ち悪く感じたそうだ。
ガレスとリックが白い目で見ていたが、本人は真剣であった。
とはいえ必死こいて石鹸を作ったのはメグだ。そんな求められ方をすると思わず口角が上がってしまう。
「仕方ないですね……」
口ではやれやれ、といった感じで言うが、内心で小躍りをしながらシャワーの魔法を使ってあげた。
現在の時間は昼過ぎごろである。今日の昼食ももちろん、この三日間ずっと食べてきためちゃくちゃ硬いパンと干し肉であった。
そろそろ飽きてきた。
「うーん、思ったより進めてるねぇ」
「ロッカの調子がかなりいいみたいですから」
メグにはわからないが、どうやら旅は順調なようだ。
ロッカは温厚な生き物ではあるが、その正体は魔獣らしい。
草食で人を襲うことはほとんどないが、その口からは鋭い牙が覗いている。
今日の空は少し暗い。雨が降りそう、というほどではないのだが、厚めの雲が空を覆っていた。
空を見ても太陽の位置はわからず、一行がどうやって時間を把握しているのかがわからない。
今朝の出発時に、曇りの日は魔獣や魔物の活動が活発になりやすいから気をつけるよう言われた。
確かに、昨日までと比べて明らかに動く魔力の塊が増えている。
「どうしたの、不安そうな顔して」
ミレアは道中、こうやってよく話しかけてくれる。
「魔獣が出ないといいなって思いまして」
不安だらけの旅だが、それだけで少し気持ちが軽くなった。
「うーん、どうだろうね。この辺の魔獣ってうさぎしかいないらしいし、ロッカもいるから近付いてこないんじゃないかな」
そんなミレアの発言が、元48歳のおじさんにはフラグにしか聞こえなかった。
うさぎと言えば、たまに家で出ていたうさぎの肉。あれは森の中に出る魔獣のものらしい。
この世界での生活が始まった当初、うさぎについて話は聞いていた。
曰く、後ろ脚が異常に発達しており、とてつもない脚力を持つ。
曰く、耳が長く広く、滑空に使われる。
曰く、頭部に毛はなく、硬い鎧のような皮膚が露出している。
曰く、肉食である。
普通じゃないと思っていたが、ミレアたちの説明を聞いて初めて魔獣だと知った。
ルナ婆もちゃんと教えてくれたらいいのに、と思った。
「あはは、そんな心配しなくても大丈夫だよ。アタシらが遅れを取る相手じゃない」
まあ、結局これはフラグだった。
魔力感知の範囲で、一つの魔力の塊がものすごい勢いでこの場所に直進してきている。
「ミレアさん! 何か来ます! あっち!」
方向を指差す。
「全員! 右方上空警戒!」
メグの発言を疑うことなく、ミレアは声を上げた。振り向いた時にはもうミレアは長剣を握っていた。
「すごいじゃん、メグちゃん。でも少し下がっててね。リック! 確認できた?」
「できたっす! 迎撃するっすよ!」
メグは言われた通りその場を離れ、荷車の後ろに隠れた。
「ガレス! そっち行くっす!」
「了解!」
魔力の塊はぐんぐん近付いて来る。
そして。
鈍く、しかし甲高い金属同士がぶつかるような音がした。
直後、ミレアが消えた。正確には、荷車に遮られて見えない場所へ駆けた。
直後、水気の多い何かを切断するような、そんな音がした。
メグの魔力感知が嫌なものを捉えた。無数の魔力の塊が同じように真っ直ぐこちらへ向かっている。
「み、ミレアさん! まだ、まだ来ます!」
「陣形変更! ニコルさんこちらへ!」
間もなく、ニコルを連れたガレスとミレア、そして後方からリックが集まる。
メグ、ベルガン、ニコルが一箇所に固まり、ミレア、ガレス、リックが囲うように立つ。
ミレアは長剣を、リックは短剣を、ガレスは大きな盾と長剣を手に持っている。
「メグちゃん、数はわかる?」
「あ、えっと……」
気が動転して集中ができない。そうしている間にも魔力の塊は近付く。
「少なくとも五以上です!」
「おっけー! みんな、上空警戒。トビウサギの入れ食いだよ!」
「おう!」
「了解っす!」
数秒後、見上げていた先から高速で何かが飛び出してきた。
シルエットは耳がものすごくデカいうさぎである。でも、普通のうさぎとは明らかに違う。
一瞬だ。目で追うのも危ういほどの短い時間。ミレアに突っ込むかのように滑空するそれに、彼女は長剣を一振りした。
ミレアがトビウサギと呼んだその魔獣は、彼女にぶつかることなく地面に落ちた。綺麗な断面を残して首が切断された死体が転がっていた。
「っ……」
目の前で命が散った。そうしなければ死ぬのは自分たちだ。
それはわかっているが、病気でも寿命でもなく、元の世界でペットとして可愛がられる存在でもあるその生き物が、首を切断されて絶命している。
喉の奥から酸っぱいものが込み上げた。
また金属同士がぶつかる音がした。今度は後方、ガレスがいるあたりだ。
目を向けると、盾で弾き飛ばしたトビウサギの首元に剣を突き刺していた。
一方でリックは飛んでくるトビウサギをひらりと躱す。落下したトビウサギの肉体には、一閃の赤い筋が走っていた。
まだ来る。五体以上、それは間違ってはいなかった。ただ、少なく見積もり過ぎた。
その後に来襲したものも含め、最終的に地面に転がった死体は十二体。五体以上としかわからなかったが、実際にはその二倍以上のトビウサギが来ていた。
「ふぅ、こんなもんかな!」
汗などかいていないのに、ミレアは額の汗を拭うような仕草をする。
魔力感知で、もうここに向かってくる存在は確認できない。
くるり、とミレアは振り向く。
「すごいじゃんメグちゃん! うちのリックよりも見つけるのうまかった!」
「……事実だけどちょっと悔しいっす」
「助かったぞメグちゃん」
冒険者の三人組がわらわらとメグを囲む。そんな様子を見ながらベルガンとニコルが立ち上がる。
「かなり早い発見でしたね」
ベルガンはトビウサギの死体を見ながら笑う。
「いやぁ、さすが銀級ですね。今夜の夕飯は豪華になりそうです」
それを聞いて、メグの顔はさらに青くなった。




