餞別
予約投稿するつもりが失敗して投稿してしまいました…!お恥ずかしい話ですがこの時間に失礼します…!
目を覚ました。朝日が照らす部屋を見回す。
この部屋で目を覚ますのも残すところあと二回だ。
しんみりしそうになる気持ちをあくびで吹き飛ばす。
朝食を終え、石鹸の確認。また一組固まった物ができた。明日には最後の石鹸が完成するだろう。
世界樹の苗からは、新たな葉っぱが顔を覗かせていた。きっと今後、このまま大きくなっていくのだろうと、メグは嬉しくなった。
ヴァル爺の家に向かう。まだ早い時間なので起きていないはずだ。
道中、村人に挨拶したり子供達に追いかけられたりするも、やがて辿り着く。
畑に水をやるのも最後かな、なんて思いながら目を向けると、なんとそこにはヴァル爺が立っていた。
「ヴァル爺! おはよう。今日は早いな」
「フンッ、たまたま早起きしただけだ」
目が合わない。メグは笑った。
メグが植えたケチェポは、ところどころに紫で縞模様のあるトマトのような実が生っていた。
ちなみに、ヴァル爺にナスと言われた植物は、緑で、きゅうりの下半分が五本に枝分かれして、その先端が赤く色付いているというわけのわからないものだった。
「なあヴァル爺、ケチェポ食っていい?」
「構わんが、まだ熟れてないぞ」
「いいんだ。今日食いたいんだ」
一番色の濃い、熟れてそうな物を探す。
ミミズが這ったような並びをしているケチェポの茎から、一つ実をもぎ取る。
シャワーの魔法で軽く流して観察する。ナスのような色をして、スイカのような模様のある、トマトのような形の野菜。
きっと見た目通りの味と食感ではないのだろう、と思いながらも想像するのはトマトのような味。
意を決して齧る。
口の中に広がったのは、わずかな甘み、強い酸味、そしてなぜかわずかにゴボウの風味。
やはりこの世界の植物はこうでないと、とメグは思った。
「……どうだ」
そんなヴァル爺の問いかけに、メグは答える。
「めっちゃ薄めたゴボウみてえな味」
「わけのわからん感想だな」
お世辞にも美味いとは言えなかった。
それでもメグは、残ったケチェポをもう一口齧った。
ちなみにナスは熟れきらないと毒があるらしいので流石に食べずにおいた。
その後は久々に二人並んで草抜きをした。たまには魔法に頼らないのもいい。そう思えた。
昼食を終え、居間で二人、向かい合って座っている。
ヴァル爺は魔法の本を読んでいる。一方、メグは居間の天井を無数の魔力の球で埋め尽くしている。
何もわからなかった時にこれを寝室でやって怒られたが、今は何も言われない。
何か言いたそうな顔はしているが、実際何も言われていないので問題なしである。
少しして、メグは立ち上がる。
「じゃ、ヴァル爺。俺行くわ」
「そうか」
淡白なものだった。もう少し何かないのかよ、なんて思いながら玄関に向かう。
「待て」
ヴァル爺の声に、振り向く。何かが飛んで来ている。
「わ、わっと……」
慌ててそれをキャッチする。
「餞別だ。玩具程度にはなるだろう」
それは小さな石だった。大きさは大人の親指くらいか。星空を内包しているかのように、不思議な光り方をする黒い石だった。
「これは……?」
「魔石だ。昔拾った物だが、もう必要ないからお前が持て」
「拾った……?」
魔石は魔物や魔獣の体内にある石だ。村でも何個か見かけたが、もっと小さいしもっと濁った色をしていた。
「いいのか?」
「二度は言わん」
ヴァル爺は本から顔を上げてすらいない。もう話はないと言わんばかりの態度であった。
「……ありがとな。大切にするよ」
返事はなかった。
振り向き、また玄関に向かう。だがまた背後からヴァル爺の声。
「メグ」
「なんだよ」
もう一度ヴァル爺の方を見た。今度は目が合った。真剣な顔をしている。
「無闇に力を振り回すな」
「……わかった」
今度こそ最後のやり取りであった。家を出たメグは、もう一度だけ畑に目を向けた。
ケチェポやナス、そのほかの作物の葉が風に揺れている。
立ち去った後もそうやってそこにあるのだろう。
メグは歩き出す。向かう先は家だ。もう村で済ませる用事は全て終わった。
旅立ち前、ルナ婆と過ごす最後の時間が始まる。
まず行なったのは寝室の掃除だ。別にする必要はないが、したくなったのだ。
当然、ゴミも汚れもほとんどなかったが、気分的にスッキリしたのでよしとする。
その後、居間でのんびりと過ごした。ルナ婆は木を彫り続けていたし、メグは何をするわけでもなく、ルナ婆の手元を見ていた。
夕飯もいつも通りだし、いつも通りに体を流した。
もう後は寝るだけとなった。
外が暗くなる中、二人は居間で穏やかな時間を過ごしている。
「メグ」
ルナ婆が声を出したのは急だった。
「どうした婆さん」
メグが視線を向けると、その手には木彫りのコップが持たれていた。
手元を見ていたからわかる。夕飯前まで削り続けていた物だ。
「これ、やるよ」
コップを持ったまま、ルナ婆の手が伸びてきた。シワだらけだが、しっかりした手だ。
メグはそれを受け取った。思ったよりも軽い。普段と材質が違うようだ。それに、なんだか取っ手が持ちやすい。
「あんたのために彫った。使っておくれ」
「俺の……ために」
手元を見る。綺麗な仕上がりだった。ナイフ一本で作られているのが信じられないほどである。
「あたしゃ寝るよ。朝早いんだろう、さっさと寝るんだね」
「……ああ。ありがとう婆さん。おやすみ」
ルナ婆が寝室へ向かうのを見送り、メグも寝室へ向かう。
ベッドに座りながら、月明かりで受け取ったコップを見つめる。
まるで遠足の前の気分だった。
しばらく眺めて満足したので、メグはあの巾着袋にコップを入れた。
夜が更ける。もうすでに、部屋にはメグの寝息が静かに響いていた。
◆◆◆
朝が来た。いよいよ出発の日である。
顔を洗いに寝室から出ると、ルナ婆は今日も変わらず朝食を作っていた。
結局、石鹸作り以外で台所を使うことは一回もなかったな、とメグは苦笑した。
顔を洗って服を着替え、買ったブーツに履き替える。腰のベルトにナイフと巾着袋を提げ、リュックを持つ。
リュックを玄関に置いたあたりで、朝食がテーブルに並び始めた。
野菜のスープ、ウサギ肉の香草焼き、そしてめちゃくちゃ硬いパン。
いつもの朝食と変わらない。
「いただきます」
特別、会話もなかった。する必要もなかった。
旅立ちはするが、一生の別れではない。ここはもう帰る場所なのだから。
「ごちそうさま」
食器を洗う。手慣れたものである。
最初は水の使いすぎだと怒られたが、今では魔法で出し放題、使い放題だ。水の量など気にせず洗っている。
そんな光景を最初に見た時、ルナ婆はものすごく何か言いたそうだった。しかしすぐに諦めていた。
庭に出て、軒下の石鹸を確認する。ちゃんと固まっていた。
メグは一つ一つ丁寧に型から取り出し、紙で包む。
最後の一組の出来は素晴らしかった。一つは自分の巾着袋に入れておくつもりだ。
ちなみに、形が微妙だったり固まり損ねてたりする試作品は、村の人に配るようルナ婆にお願いしておいた。
自分で配るのが面倒だったのもあるが、ルナ婆が顔で怖がられている分、行動で村人に認められて欲しかったのもある。
世界樹の苗に目を向ける。朝日を浴びた新たな葉が、穏やかな風に揺られている。
メグはシャワーの魔法で水をやった。そして一言。
「留守番頼むよ」
返事はない。当たり前だ、ただの苗なのだから。
包み終えた石鹸をリュックに詰め、背負う。石鹸が増えた分、結構重い。
ルナ婆は安楽椅子に座り、また新たな木を彫り始めていた。
そんな姿を見てメグは笑い、一言。
「行ってきます」
ルナ婆も顔を上げる。
「気をつけて行くんだよ」
外へ出る。振り向かない。涙が出そうだったから。
集合場所に向かいながら、すれ違う村人に「行ってきます」と言う。子供達にも手を振る。
そうして、集合場所である広場に辿り着いた。
二台の荷車、それを引く二頭のロッカ。
その前に立つのはベルガン、ニコルの商人二人。
そしてミレア、ガレス、リックの冒険者三人。
「皆さんおはようございます」
挨拶を交わし終えると、鎧を身に纏ったミレアが、メグの目の前までやって来た。
「石鹸、持って来てくれたよね?」
「はい、もちろんです」
「よろしい!」
ミレアは満面の笑みを浮かべる。そしてメグに手を差し伸べた。
「じゃ、行こっか」
メグの心は、人生の中で一番踊っていた。




