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世界樹の最後のTSエルフ  作者: 巌沢雪乃
一章 世界樹のふもと

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冒険者になりたい

 いつもと同じ朝が来る。しかし、メグの表情はいつもと違う。


 朝食、石鹸の確認をする。殺風景だった庭では小さな世界樹の苗が、そよ風に揺れている。

 それからいつものように畑へ向かい、畑仕事を終えた。


 普段なら、ここで何をしようかと考えるところなのだが、今日はやりたいことがあった。


 村を歩き回り、世界樹の切り株の上で目的の人物を見つける。


「おはようございます、皆さん」

「あ、おはよー!」

「おはよう」

「おはよっす」


 冒険者の三人だ。


「あの、お聞きしたいことがあるのですが」

「お、なになにどうした?」


 メグは一晩考えた。自分が今したいことは何か、と。

 結論、外の世界が見たい。これが本心だった。


「私でも、冒険者になれますか?」


 その問いに、ミレアが満面の笑みを浮かべる。


「もっちろん! 誰だってなれるよ!」


 その言葉にメグの顔が綻ぶ。しかし、ガレスは違った。真面目な顔をしたまま口を開く。


「君は、何ができるんだ」


 それは確認だった。


「俺は……魔法が、使えます」

「え、魔法使いだったの!?」

「初耳っす」


 予想外の回答だったようで、ガレスの眉がぴくりと上がる。


「魔法、か。……冒険者は危険が常に付き纏う。いつ死んだっておかしくない」


 ガレスの声は重く低く、胸にずしりと響く。


「俺たちがこうやって過ごせているのも、ある意味では奇跡。あるいは鍛えてきたからだ」


 メグは頷く。

 ミレアもリックも口を挟まない。


「冒険者になれることと、冒険者であり続けること。これは別の話になる」


 メグは自分の細い腕を見た。視線を動かし、自分の体を見る。

 細く、見るからに頼りない女の子の体。


 鍛え上げられたミレアですら、魔物に囲まれてべそをかいたと言っていた。


 冒険者であり続ける。そして外の世界を見続ける。それが可能なのかは全くわからない。


 だけど。


「皆さん、俺……冒険者になりたいです!」


 先のことなどわからない。だからと言って立ち止まる理由にはならない。

 危険なら、対処ができるよう鍛えればいい。知識が足りないなら学び続ければいい。そうやって生きていくのだ。


「どうやったらなれるのか、教えていただけませんか?」


 沈黙に包まれた。


 三人はメグの顔をじっと見ている。だが、怯まない。この気持ちをここで終わらせたくないから。


 やがて、最初に口を開いたのはミレアだった。


「メグちゃん、自分のこと俺って言うんだね。初めて知ったよ!」


 ガレスはため息をつき、リックはずっこけそうになった。


「あの、俺本気なんです」

「うんうん、わかってるよ。冒険者になるにはね、街で冒険者ギルドに行って、登録する必要があるんだ」


 街。ミレアたちはここでの滞在を終えた後、ベルガンたちを街に送り届けると言っていた。


「俺も……街に連れて行ってもらえたりしませんか?」

「あー、そうしてあげたいのはやまやまなんだけどねぇ」


 ミレアが困ったように頬を指で掻く。

 代わりに答えたのはガレスだった。


「俺たちは今依頼中なんだ。金を出しているのはベルガンさんだ」

「そうそう! つまり、アタシたちじゃ判断できないの!」


 それは困ったと、メグも耳の後ろを掻いた。

 メグは村の中しか知らない。どの方角に街があるかとか、森がどれだけ続いているのかとか。


「あ、メグちゃん魔法が使えるんでしょ? よかったら見せてよ! もし連れて行っても大丈夫そうって思ったら、アタシがついて行って口添えしてあげる」


 メグの表情が一瞬明るくなる。しかし、すぐ暗くなった。

 メグはまだ魔法を学び始めてそれほど時間が経っていない。

 教わった魔法は火を灯す魔法のみで、それ以外は自分で考えた生活に役立つものばかり。


 これでは駄目か、と一瞬弱気になる。

 だが、メグはすぐに首を横に振った。

 火を灯す魔法だって、扱い方次第では武器になりうるはずだ。


「わかりました、じゃあ、いきます!」


 メグの目の前に火の球が現れる。

 周囲に人がいないことを確認し、それを空へと飛ばす。

 まっすぐな軌道で飛んだ火球はやがて、ボンっと音を立てて破裂した。


 三人は口を開けたままその光景を見上げていたし、村人たちは音に驚いて視線を向けた。


 しばらくの沈黙の後、ミレアがぽつりと一言。


「知ってる魔法と違う……」


 三人はメグを連れて行くことについて話し合っていた。


「アタシは賛成。ベルガンさんのとこに連れて行っていいと思う」

「俺は……ふむ」

「オレも賛成っす。何もできない新人よりずっとマシっすよ」


 割と肯定的だった。それでもガレスは顎に手を当てる。


「練習と、実践は違う。この場でできてもいざ魔物を前にしたら……」

「はいはい、アタシらだって最初はそうだったでしょ」


 ガレスの話をミレアは遮った。


「ごめんねメグちゃん。ガレスは心配性なんだよね。強く否定してない時点でほぼ賛成してるようなもんなの」


 その言葉を聞いて、ようやくメグの肩から力が抜けた。

 気付かぬうちに手を強く握っていたようで、手のひらに爪の跡ができていた。




 少しして、メグとミレアは村を歩いていた。


「多分昨日と同じ場所で、露店を開いてるんじゃないかなぁ」


 と、ミレア。


 喉の奥が渇く。面接前のような気持ちだ。


「あはは、緊張してるね。でも気をつけてよ?ベルガンさんは優しくて穏やかそうに見えるけど、案外しっかりした人なんだから」


 そんな彼女の発言を痛感するまでに、それほど時間はかからなかった。


 まずは自分でやってみて、と送り出された先で、ベルガンさんは相変わらず露店を開いていた。

 二日目なのもあって、村人はまばらに商品を眺めているのみだ。


「おはようございます、ベルガンさん」

「おや、おはようメグちゃん」


 声は上擦っていないだろうか。少しギクシャクしながらベルガンさんの前に立つ。


「あの、俺、冒険者になりたくて……街まで一緒に連れて行ってもらえませんか!」


 深々と頭を下げる。何事か、と周りの村人が視線を向けた。


「……ふむ」


 短く小さな呟き。しかし、そこに普段の優しさはなかった。


「ここから街までどれだけかかるか、知ってるかい? 護衛を雇うのにどれだけお金をかけたか。移動に必要な物資はどれだけか」


 頭を上げ、ベルガンの顔を見る。笑顔がない。そこには、一人の商人がいた。


「君一人が増えることで、どれだけのコスト、どれだけのリスクが増えるかは理解しているかな?」


 何も言えなかった。


 ミレアたちの話で、危険な世界であると理解したつもりでいた。

 移動一つとっても、この世界では重みが違う。車に乗って「安全運転で行こう」とかそんな話ではない。

 全く、理解できていなかった。


 俯きそうになるが、ぐっと堪える。


「それに、ルナリアさんはこのことを知っているのかな?」

「……知ら、ないです」


 完全に、自分の感情に任せた行動であった。

 今の自分は何か。ルナ婆に保護されるただの一人の子供だ。


「私はね、商人なんだ。損をしてまでリスクは取らない」

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