次に帰ってきた時
三人の朝食が終わっても、会話は続いた。知らない世界、知らない出来事に終始目を輝かせる。
そんな反応が面白いのか、三人もノリノリで話し続けた。
自分のように耳が長い人を見たことがないか、と聞いた。答えはノー。しかし、獣人という新たな存在を知るきっかけとなった。
北の方の国には獣と人間が混ざったような存在、獣人がいるそうだ。曰く、魔法で体を強化するのが得意なのだとか。
体を強化かぁ、と何かを企む顔をするメグ。
ちょうどその頃、ルナ婆とヴァル爺の背筋に悪寒が走るが、それはまた別の話。
「皆さんは、次はどこに行くんですか?」
「まずはベルガンさんを街まで護衛して……その後はどうしようかなぁ」
ミレアはうーんと空を見る。
「北の方はあんま行ったことないんだよねぇ」
「北出身の料理人の飯、美味かったっす」
「お前は飯のことしか頭にないのか」
きっとこれまでも、こうやって行き先を考えてきたのだろう。
やんややんやと言い合って、最終的に目的地を決める。
「ま、北の国かな」
二人も頷く。
「行ったことのない場所……」
話を聞いて、色々な国、街、文化があるのを知った。でもそれはきっとこの世界の一部なのだ。
メグはこの村での生活しか経験していない。別にそれで満足しているし、退屈もしない。
でも、それでも。
「なんか、いいなぁ」
風で掻き消えるような声だった。
ミレアは満面の笑みで頷く。
「でしょ!」
日がかなり傾き、解散する流れとなった。
別れ際、手をブンブン振るミレア、静かに佇むガレス、そしてニコニコと笑うリックに深くお辞儀をした。
家に辿り着くまでの時間、メグの頭の中は見知らぬ土地の見知らぬ光景でいっぱいになっていた。
帰宅後、メグは昼食を抜いたのがバレて怒られた。話に夢中になっていたと言うと、やはり「飯くらい食え」と怒られた。
本当に子供になってしまったような気分だった。
体を拭くという行為は、魔法を覚えたおかげで体を流すという行為に変化していた。
石鹸の方も、かなりいい出来のものが何個かできた。獣くささが薬草によって消え、泡立ちも悪くない。
そして何より、ちゃんと固まっていた。少し柔らかいが、紛れもなくこれは石鹸だった。
ルナ婆にシャワーを浴びないか聞いてみた時もあるが、何十年も拭く行為を続けていたため、方法を変えるつもりはないと断られてしまった。
シャワーを終え、服を着たらいつものように夕飯だ。
今日のルナ婆の料理もとてもいい香りだ。
めちゃくちゃ硬いパンを千切りながら、今日聞いた話をルナ婆にする。
温泉の魔物の話や獣人の話、他の冒険者たちの話まで。
ルナ婆は終始、孫を見るような目でメグを見つめ、相槌を打っていた。
「なあ婆さん。外ってさ……どんなところなんだろうな」
聞いた話を散々喋った上で、この発言。知識として知っていても、経験していない。
その差はかなり大きかった。
「メグは外に行きたいのかい?」
心臓が跳ねた気がした。
「いや……」
村での暮らしは楽しく、刺激的だ。でもあの三人の話もとても輝いて見えた。
「俺は……」
ルナ婆に拾われた。居場所ができた。
ヴァル爺に魔法を教わった。可能性を知った。
ここで暮らしてきた。毎日が楽しかった。
かけがえのない経験、かけがえのない記憶だ。
「メグ、さっさと飯を食いな」
有無を言わせぬ雰囲気。初めて会った時、世界樹の切り株の上で「おいで」と言われた時のような感覚。
料理は少しぬるくなっていた。それでもルナ婆の料理は美味かった。
食器洗いも後回しに、ルナ婆に連れられたのは庭だった。メグが丁寧に手入れした綺麗な庭だ。
「ちょっと待ってな」
メグを置いてルナ婆は家の裏に行く。すぐに何かを持って戻ってきた。
「……?」
それは、小さな木の苗だった。それほど大きくなく、葉も多くはない。
「これがなんだかわかるかい?」
「いや、わからない」
見たことのない植物だ。まず根本的に木の苗なんて物を見る機会がほとんどない。
種類を見分けることなど不可能であった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、ルナ婆はふっと微笑む。
「これはね、世界樹さ」
「……え?」
世界樹。この村の中央に鎮座しているあの切り株。あれが世界樹だ。
もうすっかり村の一部として扱われているあの存在である。
「一ヶ月くらい前だったかねぇ。散歩をしてたら、世界樹の根元から小さな芽が一本だけ伸びていたんだ」
信じられなかった。メグの想像する切り株は、もう植物として死んでしまい、芽など生えない物である。
ルナ婆は続ける。
「その当時の大きさ的に、あんたと出会った時期頃に生えたんじゃないかな、とあたしは思っている」
くしゃりとルナ婆が笑った。
「ま、こじ付けかもしれんがねぇ。でもなんだか、こいつが他人のようには思えなかったんだ。だから、ちょっと木に詳しい奴に聞いて、苗にした。成功するとは思っていなかったが……」
ご覧の通りだ、とでも言うようにメグに差し出した。
メグはそれを受け取る。
「さ、庭の真ん中にでも植えようじゃないか。あんたがやるんだよ、メグ」
その声音は優しかった。
メグは膝をつき、穴を掘る。草を散々抜いた場所だからか、まだ土が柔らかい。
ある程度の穴ができたので、鉢から苗を取り出し、穴の中に置く。根が露出しないよう土を被せたら完了だ。
何もなかった庭のど真ん中。そこには小さいが、確かに世界樹の苗が存在していた。
「なあメグ。あんたが次に帰ってきた時、どれだけ大きくなってるんだろうねぇ。この木は」
苗だけを見つめてルナ婆は呟いた。
なぜなのか、自分でも上手く説明ができない。
ただ、涙が溢れて止まらなかった。




