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世界樹の最後のTSエルフ  作者: 巌沢雪乃
一章 世界樹のふもと

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日常と非日常

 翌日になった。起床から朝食後の食器洗いはすっかりルーティンになっている。

 庭の軒下に並べた石鹸の試作品を確認する。何個か順調に固まり始めている。


 朝日が照らす庭には草一つ生えておらず、綺麗なものだ。少し殺風景とすら感じる。


「さて」


 メグはまずヴァル爺の家に向かい、畑の様子を見る。最初に咲いたケチェポの花は枯れ、代わりに小さな緑の実が生っている。


 メグが畑に入ってももう結界は反応しない。ヴァル爺がそういう物に作り変えたからだ。


 数日前、魔力を自由に形作れるのなら、人型にもできるのではないかと思い立った。


 思ったよりも簡単にできた。

 テンションが上がって思わず作りすぎる程度に、いい出来だった。


 それを大量に連れて結界内に入ったところ、飛び出して来たヴァル爺にゲンコツされた。この世界で四回目のゲンコツだ。


 それはさておき、ケチェポの実はトマトに似ている。でもスイカのような模様が縦に伸びている。


 メグはシャワー状に水を出す、水やりの魔法で畑に水をやった。

 草抜きの魔法に続きメグが作り出した、畑作業のための魔法だ。


 ちなみに、温水にすればちゃんとシャワーになる。今は火を灯す魔法に次いでよく使う魔法になっていた。


 どうせヴァル爺は寝ているので村へと歩き出す。

 目的はもちろん、あの冒険者の三人だ。




 しばらく歩いていると、人だかりができているのに気付いた。

 それに近付くと、近くの男性がメグに挨拶をする。


「や、メグちゃん」

「おはようございます。……これはどうしたんですか?」

「ベルガンさんが露店を開いているんだ。毎回来るたびにこうやって外の物を見せて、売ってくれるんだよ」


 へぇ、と視線を向ける。人の壁があって見えない。

 少し残念だった。


 少しメグの長い耳が下がったのを見て男性は笑う。


「任せなメグちゃん、なんとかしてやる」


 そう言い、男性はメグの手を取る。


「おいおいメグちゃんが気になるんだってよ! みんな毎回見てるだろ、今日は譲ってやろうぜ!」


 メグは俯いて顔を赤くした。まさかこんな堂々と叫ばれるとは思わなかったのだ。

 村人たちの視線が痛い。優しく柔らかい視線ばかりなのだが、それがなおさら痛かった。


 メグは学生時代から、ステージに立つのが苦手なタイプだったのだ。


「あ、あの……ありがとうございます」

「いいってことよ」


 村人たちが道を開けてくれた。とても居心地が悪い。


 その先で、ベルガンは地面に布を敷いて様々な物品を並べていた。


「メグちゃん、おはよう。気になるんだって?」

「おはようございます……その、はい。そうです」


 ベルガンは朗らかに笑う。


「好きなだけ見ていくといい。あの三人のおかげでちょっと珍しい物も仕入れられたんだ」


 並べられた商品はどれも見たことのない物だ。綺麗に染められた布の束、少し濁った色の小瓶に詰められた色とりどりの香辛料。

 形だけでは用途のわからない道具も置いてある。


 香辛料の中に、黄色い胡椒のような粒があるのに気付いた。


「これは?」

「ああ、これはネペムムだよ。南方で採れる物さ」


 うん、わからなかった。


「ちょっと嗅いでみてもいいですか?」

「ああ、いいよ」


 小瓶を手に取り、木の栓を抜く。途端に漂うのはシナモンと松のにおいが混ざったような、そんな香り。


 もう見た目で判断するのはやめようとメグは決意した。


「いい匂いですね」

「はは、その割に微妙な表情に見えるけど」


 勝手に期待して勝手に裏切られただけだ。完全に自業自得であった。


 小瓶を戻し、次に気になった物を指差す。


「これはなんですか?」


 瓢箪のような形状。しかし小さい。大人の親指程度のサイズだろうか。


「獣除けの魔道具だね。潰すと、とんでもない音が出るんだ。大体の野生動物はこれで逃げるよ。魔獣なんかは、そうはいかないだろうけどね」

「魔獣……?」


 ここで、人混みを分けて一人の女性が姿を現す。


「あ、やっぱりいた。おはよ、メグちゃん」

「おはようございます」


 ラフな服装のミレアだった。その手には何やら荷物が抱えられていた。

 鎧を脱いだことでよくわかる、鍛え上げられた筋肉。四肢はそれほど太く見えないが、明らかに引き締まっている。


「何か面白い物あった?」

「えっと、これとかですかね」


 指差したのは、たった今説明を受けた魔道具だった。


「あーこれね! ほんっとうるさいからうっかり潰さないでよ?」


 その音を思い出しているのか、ミレアは顔を顰める。


「それよりさ、昨日の続き話してあげるよ。おいで」

「え、ちょっ」


 ミレアに手を引かれ、立ち上がる。


「まだ見たかった?」


 首を傾げるミレア。いや、確かに見たい。

 しかし、メグの中の天秤は三人の冒険譚の方へ傾いた。


「いえ、行きます」

「そうこなくちゃ! じゃ、ベルガンさんこの子貰ってくねー」

「ははは、またねメグちゃん」

「はい、また!」


 先ほどの男性のおかげなのか、またも道を開けてもらいながらその場を後にした。


 メグは歩きながら、ベルガンの発言を思い出していた。同時に、ミレアの発言も。

 魔物。魔獣。


 似たような存在が頭に浮かぶが、名前が違うということは別物なのだろうか。


「あの、ミレアさん」

「どうしたの?」

「魔物と魔獣って違うんですか?」


 その質問に、ミレアは楽しそうに笑う。


「うん、全然違うよ。簡単に言うと、魔物は魔力が集まって生まれたもの。魔獣は、動物が魔力によって変化したもの」

「魔力が集まって……?」

「そう。それで魔物も魔獣も別物なんだけど、共通点があるの」

「共通点?」


 うんうん、と頷く。


「そ、共通点。どっちも体の中に魔力でできた石があるんだ」

「魔力でできた石……」


 ピンと来なかった。体の中に石がある。そんなの尿路結石くらいしか思い浮かばない。


「なるほど、ありがとうございます」

「いいのいいの、他にも気になったことは全部聞いてよ?」

「……はい」


 そうして話しながら歩き、二人は世界樹の切り株の上に辿り着いた。村人たちが各々過ごしている中、ガレスとリックが談笑していた。


「やっほー二人とも、メグちゃん捕まえて来たよ!」

「一応聞くっすけど、誘拐じゃないっすよね?」

「なわけないでしょ」


 この場所からは村の様子が俯瞰して見える。

 見知らぬ土地、そう思っていたこの場所は、気付けばメグの住んでいる場所に変わっていた。


「頼んだ物は用意したのか」

「もちろん! 村の食堂で買って来たよ!」


 ミレアは大きな布をその場に敷き、紙袋を真ん中に置いた。中には結構な量の料理が入っていた。


「あ、メグちゃんも食べる? あ、座って座って」


 首を横に振った。朝食を食べてそれほど時間が経っていないのだ。

 三人が布の上に座るのを見て、メグも座った。


 紙袋を漁りながらミレアは口を開く。


「それで、昨日どこまで話したんだっけ……あ、そうそう。火山地帯にある温泉街で魔物と一緒に入浴したところだっけ」

「違うだろ」

「違うっすね」

「違いますね。でもそれはそれで気になるかも……」


 料理が並べられる。ルナ婆に連れられ食堂にはたまに行く。見覚えのある料理ばかりだった。


「一緒に入浴した魔物ね、見た目はそうだね……角が生えてて……」


 メグは頭の中で想像する。


「ふわふわで……」


 角が生えたふわふわ。


「お腹に固い鱗が生えてて……」


 固い鱗。お腹に。


「目が四つで……」


 ……。


「あと牙が長い!」


 異形の化け物であった。想像するまでもなく、情報だけで十分である。


「そんなのと一緒に入浴を?」

「うん、頭を撫でたら気持ちよさそうに目を細めるんだよ!」

「待て、それは聞いてないぞ」

「そうっす、遠くにいたんじゃなかったっすか?」

「あ、やば」


 しばらく、ミレアは二人から「危ないから二度とするな」と怒られていた。

 話の続きは聞けていないが、ちっとも退屈しなかった。

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