日常と非日常
翌日になった。起床から朝食後の食器洗いはすっかりルーティンになっている。
庭の軒下に並べた石鹸の試作品を確認する。何個か順調に固まり始めている。
朝日が照らす庭には草一つ生えておらず、綺麗なものだ。少し殺風景とすら感じる。
「さて」
メグはまずヴァル爺の家に向かい、畑の様子を見る。最初に咲いたケチェポの花は枯れ、代わりに小さな緑の実が生っている。
メグが畑に入ってももう結界は反応しない。ヴァル爺がそういう物に作り変えたからだ。
数日前、魔力を自由に形作れるのなら、人型にもできるのではないかと思い立った。
思ったよりも簡単にできた。
テンションが上がって思わず作りすぎる程度に、いい出来だった。
それを大量に連れて結界内に入ったところ、飛び出して来たヴァル爺にゲンコツされた。この世界で四回目のゲンコツだ。
それはさておき、ケチェポの実はトマトに似ている。でもスイカのような模様が縦に伸びている。
メグはシャワー状に水を出す、水やりの魔法で畑に水をやった。
草抜きの魔法に続きメグが作り出した、畑作業のための魔法だ。
ちなみに、温水にすればちゃんとシャワーになる。今は火を灯す魔法に次いでよく使う魔法になっていた。
どうせヴァル爺は寝ているので村へと歩き出す。
目的はもちろん、あの冒険者の三人だ。
しばらく歩いていると、人だかりができているのに気付いた。
それに近付くと、近くの男性がメグに挨拶をする。
「や、メグちゃん」
「おはようございます。……これはどうしたんですか?」
「ベルガンさんが露店を開いているんだ。毎回来るたびにこうやって外の物を見せて、売ってくれるんだよ」
へぇ、と視線を向ける。人の壁があって見えない。
少し残念だった。
少しメグの長い耳が下がったのを見て男性は笑う。
「任せなメグちゃん、なんとかしてやる」
そう言い、男性はメグの手を取る。
「おいおいメグちゃんが気になるんだってよ! みんな毎回見てるだろ、今日は譲ってやろうぜ!」
メグは俯いて顔を赤くした。まさかこんな堂々と叫ばれるとは思わなかったのだ。
村人たちの視線が痛い。優しく柔らかい視線ばかりなのだが、それがなおさら痛かった。
メグは学生時代から、ステージに立つのが苦手なタイプだったのだ。
「あ、あの……ありがとうございます」
「いいってことよ」
村人たちが道を開けてくれた。とても居心地が悪い。
その先で、ベルガンは地面に布を敷いて様々な物品を並べていた。
「メグちゃん、おはよう。気になるんだって?」
「おはようございます……その、はい。そうです」
ベルガンは朗らかに笑う。
「好きなだけ見ていくといい。あの三人のおかげでちょっと珍しい物も仕入れられたんだ」
並べられた商品はどれも見たことのない物だ。綺麗に染められた布の束、少し濁った色の小瓶に詰められた色とりどりの香辛料。
形だけでは用途のわからない道具も置いてある。
香辛料の中に、黄色い胡椒のような粒があるのに気付いた。
「これは?」
「ああ、これはネペムムだよ。南方で採れる物さ」
うん、わからなかった。
「ちょっと嗅いでみてもいいですか?」
「ああ、いいよ」
小瓶を手に取り、木の栓を抜く。途端に漂うのはシナモンと松のにおいが混ざったような、そんな香り。
もう見た目で判断するのはやめようとメグは決意した。
「いい匂いですね」
「はは、その割に微妙な表情に見えるけど」
勝手に期待して勝手に裏切られただけだ。完全に自業自得であった。
小瓶を戻し、次に気になった物を指差す。
「これはなんですか?」
瓢箪のような形状。しかし小さい。大人の親指程度のサイズだろうか。
「獣除けの魔道具だね。潰すと、とんでもない音が出るんだ。大体の野生動物はこれで逃げるよ。魔獣なんかは、そうはいかないだろうけどね」
「魔獣……?」
ここで、人混みを分けて一人の女性が姿を現す。
「あ、やっぱりいた。おはよ、メグちゃん」
「おはようございます」
ラフな服装のミレアだった。その手には何やら荷物が抱えられていた。
鎧を脱いだことでよくわかる、鍛え上げられた筋肉。四肢はそれほど太く見えないが、明らかに引き締まっている。
「何か面白い物あった?」
「えっと、これとかですかね」
指差したのは、たった今説明を受けた魔道具だった。
「あーこれね! ほんっとうるさいからうっかり潰さないでよ?」
その音を思い出しているのか、ミレアは顔を顰める。
「それよりさ、昨日の続き話してあげるよ。おいで」
「え、ちょっ」
ミレアに手を引かれ、立ち上がる。
「まだ見たかった?」
首を傾げるミレア。いや、確かに見たい。
しかし、メグの中の天秤は三人の冒険譚の方へ傾いた。
「いえ、行きます」
「そうこなくちゃ! じゃ、ベルガンさんこの子貰ってくねー」
「ははは、またねメグちゃん」
「はい、また!」
先ほどの男性のおかげなのか、またも道を開けてもらいながらその場を後にした。
メグは歩きながら、ベルガンの発言を思い出していた。同時に、ミレアの発言も。
魔物。魔獣。
似たような存在が頭に浮かぶが、名前が違うということは別物なのだろうか。
「あの、ミレアさん」
「どうしたの?」
「魔物と魔獣って違うんですか?」
その質問に、ミレアは楽しそうに笑う。
「うん、全然違うよ。簡単に言うと、魔物は魔力が集まって生まれたもの。魔獣は、動物が魔力によって変化したもの」
「魔力が集まって……?」
「そう。それで魔物も魔獣も別物なんだけど、共通点があるの」
「共通点?」
うんうん、と頷く。
「そ、共通点。どっちも体の中に魔力でできた石があるんだ」
「魔力でできた石……」
ピンと来なかった。体の中に石がある。そんなの尿路結石くらいしか思い浮かばない。
「なるほど、ありがとうございます」
「いいのいいの、他にも気になったことは全部聞いてよ?」
「……はい」
そうして話しながら歩き、二人は世界樹の切り株の上に辿り着いた。村人たちが各々過ごしている中、ガレスとリックが談笑していた。
「やっほー二人とも、メグちゃん捕まえて来たよ!」
「一応聞くっすけど、誘拐じゃないっすよね?」
「なわけないでしょ」
この場所からは村の様子が俯瞰して見える。
見知らぬ土地、そう思っていたこの場所は、気付けばメグの住んでいる場所に変わっていた。
「頼んだ物は用意したのか」
「もちろん! 村の食堂で買って来たよ!」
ミレアは大きな布をその場に敷き、紙袋を真ん中に置いた。中には結構な量の料理が入っていた。
「あ、メグちゃんも食べる? あ、座って座って」
首を横に振った。朝食を食べてそれほど時間が経っていないのだ。
三人が布の上に座るのを見て、メグも座った。
紙袋を漁りながらミレアは口を開く。
「それで、昨日どこまで話したんだっけ……あ、そうそう。火山地帯にある温泉街で魔物と一緒に入浴したところだっけ」
「違うだろ」
「違うっすね」
「違いますね。でもそれはそれで気になるかも……」
料理が並べられる。ルナ婆に連れられ食堂にはたまに行く。見覚えのある料理ばかりだった。
「一緒に入浴した魔物ね、見た目はそうだね……角が生えてて……」
メグは頭の中で想像する。
「ふわふわで……」
角が生えたふわふわ。
「お腹に固い鱗が生えてて……」
固い鱗。お腹に。
「目が四つで……」
……。
「あと牙が長い!」
異形の化け物であった。想像するまでもなく、情報だけで十分である。
「そんなのと一緒に入浴を?」
「うん、頭を撫でたら気持ちよさそうに目を細めるんだよ!」
「待て、それは聞いてないぞ」
「そうっす、遠くにいたんじゃなかったっすか?」
「あ、やば」
しばらく、ミレアは二人から「危ないから二度とするな」と怒られていた。
話の続きは聞けていないが、ちっとも退屈しなかった。




