メグになる
エルフなら知っている。ファンタジー作品に触れれば、かなりの頻度で見かける種族だ。
耳が長い。金髪。風の魔法を使う、あるいは植物を操る。胸が小さい……などなど、有名なだけあって、その設定も作品によって様々だ。
恵は自分の胸元を見た。小さい。
いや、そもそも肉体自体がかなり幼めに見えるので小さいのが普通なのだ。
別に大きいのが好きだから少しガッカリしたとか、そういうわけではない。期待なんて最初からしていない。断じて。
それはさておき。風によってなびく髪は星明かりを浴びて銀色に輝いていた。
早くも金髪であるという王道のイメージからは外れていた。
「そんな自分の体を初めて見るような反応するかい? 普通。それよりほら、おいで」
軽く手招きをして前を歩く老婆。恵がついて来ない可能性など微塵も考えていないようだった。
選択肢などなかった。ついて行かなければこの場に取り残される。知らない土地、たった一人。
そんな光景が一瞬脳裏に浮かび、頭を左右に振る。恵は少し先に行ってしまった老婆に追いつくよう、駆け足で向かった。
◆◆◆
老婆の家は質素だ。村の外れに佇む小さな家。
手入れも行き届いていない庭からは、虫の声がやかましいほど響いてくる。
「入んな」
言われるままに家に入ると、草を潰したような青臭い匂いが鼻腔をくすぐった。
明かりは蝋燭のみ。暖かだが、心細い。
居間に案内される。散らかっている、とまでは言わないが整っているとも言えない部屋の様子に、恵はどこか安心感を覚えた。
薄い座布団の上に座り、歩きながら抱いていた疑問を口にする。
「なあ婆さん。こんなに家が遠いのになんで服なんて持って俺の元に?」
どれだけ気を失っていたかは不明だが、恵が目を覚ましてすぐに老婆は現れ、その時にはすでに服を持っていた。
もし手ぶらの状態で恵を見つけていたとしたら、起こすかあるいは誰かを呼ぶはずなのだ。
老婆の目を真っ直ぐ見つめる。蝋燭の灯りで揺れる陰影によって、程よく怖い顔だ。
「あたしゃね、この村で唯一魔力が見えるんだ。あの木、ここ数年ずっと変だった。今夜は一段と変だった」
質問の答えになっていない。
「……それで?」
続きを促す。
すると、老婆は少しばつの悪そうに目を泳がせた。
「うーん……変なことを言うが、笑わないでくれよ?」
既に全てが変なこの状況で今更笑うことなどなかった。恵は静かに頷く。
「夢を、見たんだよ。ちょうど、今日みたいな新月の日。あの場所で誰かが目を覚ますんだ」
「……」
老婆の口は止まらない。
「あの夢はただの夢じゃない。ずっとそう思って過ごした。それで今日、魔力の様子がおかしいのに気付いて、察したよ。あれは予知夢だったんだと」
沈黙が空間を支配した。
「それで、婆さんはその夢の中のすっぽんぽんの女の子を助けるために服をこさえたわけだな」
「……間違ってはいないがあんた、おっさんみたいな物言いだね」
おっさんだからね。と心の中で答える。
顔は怖いが、目の前の老婆は悪い人ではないらしい。
気の抜けた恵は足を崩す。緊張からか無意識に力んでいたようで、少し痛い。
「しっかしまぁ、魔力だとか予知夢だとか……どこなんだここは」
老婆はおかしそうに少し目を細める。
「本当、女の子を相手してる気がしないよ。ここはどこか、だったね。ここは【世界樹のふもと】。今となっては切り株だけど、元は巨大な木が生えていた場所……って伝わってるよ」
ふーん、と頷く。
何一つピンとこないが、とりあえずわかってますよと頷くのがクセなのだ。
「まあ……うん……なるほどね?」
「……」
先ほどとは異なり、やや間の抜けた沈黙に包まれた。
沈黙を破ったのは老婆だった。
「それよりあんた名前は?」
聞かれて気付く。そういえば自己紹介をしていなかったと。
「俺はめぐ……」
恵は自分の体がどうなっているのかを思い出した。今、自分は女の子の体で過ごしている。
対して、恵という名前はやけに男っぽい響きがある。
「メグ? あんたメグっていうんだね」
恵が悩んでいるうちに老婆は勝手に納得してしまった。
「あ、いやちがっ……」
否定しようとして改めて考える。メグという名前なら今の体に馴染むのではないか。
女の子っぽさもありつつ、この見知らぬ土地でも妙に馴染みそうな名前。
「違うのかい?」
挙動不審な恵に首を傾げる老婆。
「……いや、メグだよ。俺はメグ、よろしく」
恵、改めメグは泳がせていた目を老婆に向けた。
「メグか。あたしゃルナリア。村の奴らからはルナ婆って呼ばれてるよ」
「ルナリア、ね。やけに可愛らしい名前だこった」
「うるさいよガキンチョ」
互いに口角が上がっている。
最初に比べて、部屋の空気が明らかに軽くなっているのを感じた。




