48歳、エルフになる
拙い文章ではありますがよろしくお願いします。
まず、ある一人の男について話す。
彼について話すとすれば数行で事足りる。
名を沢田 恵。48歳、小太り、会社員。特技もなく、趣味もろくに持たない。部下からの目はそこまで冷たくなく、無難に普通に生きている人間だ。
さて、この男について話した理由は単純である。
たった今、切り株と言うには、あまりに大きすぎるそれの上で目を覚ましたエルフの少女。その肉体に宿るのは、前述の男の魂なのだ。
「ここ、は……?」
知らない天井――どころか、天井すらない知らない場所。
星空は未だかつて見たことのない輝きを放ち、虫達の合唱が四方八方から聞こえてくる。
「うん……?」
喉から出る声に違和感を覚えて下を向けば、星明かりに照らされた白く細い肉体が視界に映る。長年育て上げたビール腹は見る影もない。
「な、なんだこれは。どうなっているんだ……?」
喉からこぼれたのは、鈴を転がすような幼い少女の声。
目覚める前と後で、性別も年齢も、全てが変わってしまっていた。
◆◆◆
ここは【世界樹のふもと】と呼ばれる場所。遥か昔、この場所には天を貫くほど高く伸びた『世界樹』というものがあった。
今となっては直径100メートルほどもある巨大な切り株が残るばかりで、それを囲うように村が形成されている。
その中心で、恵は一糸纏わぬ姿で体を起こす。
明かりはほぼ見えないが、どの方向を見ても建物の影が確認できた。
恵の頭の中には「変質者」や「露出狂」、そして「逮捕」などの単語がぐるぐると回る。
せめて大事な部分を隠せないかと周りを見るが、足元に使えそうな物は落ちていない。
不意に、背後から足音が近付くのが聞こえた。
「ひっ!?」
まるで女の子のような声だった。いや、事実として肉体は女の子になってしまっているわけだが。
ともかく、逃げ場など見当たらない。
状況もいまいち飲み込めておらず、恵はその場にへたり込むしかなかった。
回り切らない頭をフル回転させる。
そして48年の人生経験から導き出された答えは――土下座だった。
膝を畳み正座をし、上体を倒す。あまりに綺麗な土下座であった。
サンダルの底を擦るような足音が徐々に近付いてくる。
頭のすぐ近く、そこで足音がピタリと止まった。
あ、終わったなこれ。
そう思いながら過ごすこと数秒。跳ねる心臓をそのままに、無限にも近い数秒を終わらせる声が頭上から聞こえた。
「ほっほ、取って食いやしないよ」
しわがれた老婆の声だった。
少しホッとしたが、自分が全裸であることを思い出し、どっちにしろ体を起こせないことに気付く。
「ほら、顔を上げなさい。そんでこれを着なさい」
パサッと地面に何か柔らかい物が落ちる音がして顔だけを上げると、綺麗に畳まれた服が目の前にあった。
「え、あの……」
人は本当にパニックになると喋ることすらままならないらしい。
パクパクと口を動かす恵に見かねたのか、老婆はフンッと鼻を鳴らす。
「やるからさっさと着なさい。人が来たらどうするんだい」
人が来る、その言葉で一気に血の気が引くのを感じ、慌てて目の前の服を身に付けた。
下着はない。薄手のシャツとズボンのみ。しかし、それでも全裸よりは圧倒的に安心できた。
「えっと、ありがとうございます」
服を着たことで、恵もようやく少しだけ平静を取り戻した。
お礼を言い頭を下げ、上げた先で老婆と目が合う。
物語に出てくる魔女のような、シワシワでやや凶悪な老婆の顔が視界に飛び込んできた。
光源が星明かりのみだからか比較的マイルドに見えているが、もう少し明るかったら声を漏らしてしまっていたかもしれない。
「いいんだよ。いや、それにしても驚いたよ。その長い耳、星明かりでもわかる緑の瞳。あんたエルフだね?」
「……エルフ?」
恵は反射的に自分の耳へ手を伸ばした。
指先が、あり得ないほど長く尖った耳をなぞる。
「……マジか」
48歳、沢田恵。
寝て起きたらエルフに転生していた。




