外の人間
それからメグは、石鹸作りの改良版を作りながら日々を過ごした。
灰汁の濃度、脂の量、匂い消しの薬草の有無など、試せることは色々ある。
ルナ婆は脂の消費量に目を剥いたが、楽しそうにそれを行なうメグを見て、一旦叱るのはやめておくことにした。
そして三日が経つ。時間は昼前。
なんだか外が騒がしくなった。
行商人が、この村にやって来たのだ。
「じゃ、行ってみるかね。今日は村長との取引で、行商人はほぼ外に出ないはずだ。せっかくだからその場に連れて行ってやるよ」
「いいのか? ありがとう婆さん!」
向かう先は村長の家。その前には立派な荷車が二台並んでいた。そのどちらも、繋がれているのは馬ではなかったが。
「なんだあの動物」
「あれはロッカだね」
それは巨大な牛のようだった。ゴワゴワした焦茶色の毛に包まれている。しかしその頭部にはヘラジカを思わせる立派な角が生えている。
「すっげ……」
牧場で乳牛を見た経験がある。それよりも一回り体が大きく、筋肉質で、存在感がすごい。
「入るよー」
ルナ婆はまるで自分の家のように村長の家の扉を開けた。
「え、ちょっと婆さん」
「ほら行くよ」
メグが何か言う間もなく、ルナ婆は扉をくぐる。
荷車を遠巻きに見ていた村人たちは、二人が何気なく村長の家に入った光景に、目を白黒させていた。
村長の家は広い。ルナ婆の家が三つは入りそうだ。
よく家の掃除をしているせいか、掃除が大変そうだな、という感想を抱いた。
廊下を歩き、たどり着いたのは客室。そこでテーブルを挟むように、人々がソファーに座っていた。
「邪魔するよ」
「ルナリア? どうしたんじゃ。それにメグちゃんも」
「この子が興味があるって言うから連れて来たんだよ」
片側に座るのは村長、ゴルドフ。
そして反対には二人の男が座っている。片方は初老の白髪の男。もう片方は少し若く、小太りで丸メガネをかけている。
二人は綺麗な身なりをしていた。
その後ろ、そこに立っている人物が三人。今度は男性が二人、女性が一人だ。
三人とも似たデザインの全身鎧を身に纏っている。
「あたしらは隅にいるから続けな」
村長と五人の視線がしばらく向いた。
村長はともかく、残る五人の視線はメグに集中している。銀色の髪、緑の瞳、そして何より長く尖った耳。
しばらくして、初老の男が何事もなかったかのように視線を戻し、口を開く。
「それで、今回はどれほど紙を用意できましたか?」
「うむ、気候に恵まれたのもあって前回より多く作れましたぞい」
「それは助かる。して、取引の話に移りますが」
紙。メグの生活の中でもちょくちょく現れた。
ヴァル爺の家に行く時、ルナ婆が用意してくれるパンは紙に包まれていた。あれも、この村で作られた物なのだろうか。
「いつもの如く、代金は現金と塩、それに香辛料でよろしいですかな?」
「ああ、それで頼む。塩が多めだと助かるのう」
初老の男性の横で、丸メガネの彼はメモのような物に視線を落としている。
研修中か何かなのだろうか。
話は続く、国の情勢についてだとか、貴族の動きだとか。
知らない単語や名前が多すぎて全く理解はできなかったが、外に世界があるのだと深く実感した。
「綺麗な子だねぇ……」
「黙ってろ」
「いやでもほんと可愛いっすよ。何あの子……」
後ろの三人は何やらヒソヒソと話している。耳が長いおかげなのか、中身は筒抜けだ。
毎朝顔を洗う時に見るたび、可愛いと自分でも思う。少し誇らしくなった。その中身はおじさんなのだが。
やがて、村長らの話がひと段落したのか、初老の男性と村長の視線がこちらに向く。
「改めて紹介しますぞ。この子はメグ、前にルナリアが森で保護した子じゃ」
「ほほう。だから、一度も見た覚えがないわけですな」
目が合ったのでぺこりと会釈する。
「あの、メグです」
「いつもこんな大人しければいいんだけどねぇ」
メグの頭の上にルナ婆が手を置いた。
うるせえな、と思いつつ人前なので手を払わない。
「はは、家ではどんな子でも我儘になるものです。こんにちはメグちゃん。私はベルガン。ベルガン商会の商会長をしているよ」
お偉いさんだった。
「ま、そんなことを言ってもわからないか。いろんな物をこの村に持って来ている人、だよ」
「なるほど……」
子供扱いにもそろそろ慣れてきた。でもやはり、中身は48年生きた人間なんだよなぁ、という気持ちは拭いきれない。
「こちらが……」
ベルガンが視線を向けると、丸メガネの男が音を立てず立ち上がる。
「ニコルです。ベルガンさんの元で勉強中の身ではありますが、商人です」
お辞儀をして座り直すニコルの所作はとても綺麗だった。
ベルガンは背後に視線を向ける。
「そしてこちらは今回、護衛をしてくれている冒険者の方々です」
女性がひらひらと手を振る。真ん中に立つ長身の男性は小さく頷く。そしてやや小柄な男性はにかっと歯を出して笑う。
「冒険者……」
鎧を身につけている時点で彼らのことはずっと気になっていた。
きっとメグの目はキラキラと輝いていたことだろう。
「はは、私はもう少し村長と話すことがあるので、彼らと少し話してみますか?」
こくこくと頷いた。もう興味津々であった。




