種は植えた
いつもより早く起きてしまったメグは、ソワソワしながら庭の手入れをしていた。
ついに、魔法に触れられるのだ。
ソワソワしすぎて庭には大量の魔力の球が浮いて宙を舞っていた。
頼むから家の近くでそれをやるなと、めちゃくちゃ怒られた。この世界で二度目のゲンコツもくらった。
朝食を終え、パンを受け取り、ヴァル爺の元へ。明らかに早い時間、まだ寝ていてもおかしくない時間であった。
遠慮なく家に入る。気配がない。寝室を覗くと、ヴァル爺はベッドの中にいた。
「昨日の復習でもして待っておれ、もう少し眠りたいんだ」
「……わかった」
こちらを振り向くことなく、ヴァル爺は眠そうな声で言った。
あまりに眠そうなものだから、忍びなくなって寝室の壁に背をもたれ座り込む。
昨日の復習。帰り道、帰宅後、そしてここに来るまででも何度も行なっていた。それをこの場でもやるだけだ。
一つ、また一つと魔力の球を出していく。何個も出せる。流石に全部を同時に動かすのは無理だが、順番に軌道を描いてそこに乗せる、ということはできる。
気付けば、部屋は無数の魔力の球が蠢く空間へと変貌していた。
少ししてヴァル爺が飛び起きた。顔が真っ赤だ。眉も今まで見た中で一番寄っている。
「ね、れ、る、か、バカタレクソガキャア!」
突然のことにメグはビクッと体を跳ねさせる。
「ど、どうしたんだよヴァル爺。寝起きが悪い方なのか?」
「どうしたもこうしたも……っだあ! そうだな、わかるわけがないよな! ふぅ……おいクソガキ、今浮いている魔力、全部消せ」
「わ、わかった」
言われた通りに消す。
「今日説明するつもりだったことを今話す。ちゃんと聞け」
「あ、ああ」
ヴァル爺の真っ赤だった顔が少しずつ戻っている。
「あの魔力の球……あれはな、言ってしまえば抜き身の刃だ」
「……?」
ピンとこない。ただ魔力を集めただけの球じゃないか、と思う。
「イメージ通りに作れただろう? イメージ通りに動いただろう? もしあれが、爆発するとイメージをしたらどうなる」
想像した。してしまった。部屋を埋め尽くす魔力の球、それが手榴弾の如く爆発していたら。
背筋に嫌な汗が流れた。
「お前も阿呆ではない。だからわかるな?」
つまりだ、朝からメグは寝ている老人の上で、危険物を使ってお手玉をしていたのだ。
説明をする前に球を消せと言った。もし、消す前に説明をしてメグがハッキリとイメージしてしまっていたら……。
血の気が引く。そりゃルナ婆も怒るわけだ。魔法を知らずとも、危ない雰囲気を感じていたのだろう。
おもちゃのように扱っていた魔力。その印象はたった今、大きく変わった。
「わかればいい。居間で待っていろ。すぐ行く」
待ち時間はそれほど長くはなかった。着替えを終えたヴァル爺は、少し伸びたヒゲをそのままに、居間にやってきた。
自然と椅子に座っていたメグの背筋が伸びる。
正面の椅子に、ヴァル爺は音を立てて座る。
「さて」
ヴァル爺の表情は先ほどと打って変わって、少し柔らかい。
「先に言うが、想像するだけではあの球は爆発せん」
「……は?」
あれだけ言われたのに。じゃあなんで怒鳴られたんだ、と頭に文句が浮かび上がってくる。
「だが、可能性がないとは言わん。そこで慢心するか、警戒するか。どちらが賢明かはわかるだろう?」
それはそうだ。車の運転だって「――かもしれない」と常に考える。普段大丈夫でも、いつそれが崩れるかはわからないのだ。
メグの表情を見て、ヴァル爺は頷く。
「わかればいい。さて、いよいよ実践だ。ワシが教える魔法は一つ。火を灯す魔法だ」
「火を灯す魔法……」
直前まで沈んでいた心が急浮上していた。火を灯す。魔法で。ついに望んでいた物が目の前まで迫っていた。
危険性は理解した。ヴァル爺の発言をきちんと理解しよう。メグの瞳は決意の色に染まっていた。
「まず、練習のために球を作らせたが、そもそも球である必要はない。板でも、箱でも、もっと複雑な形でも。魔力を集める、それが重要なんだ」
「……」
確かに、ヴァル爺は最初から「魔力を集める」と言い続けていた。魔法を使うために「球を作れ」とは言っていない。
「さ、それを聞いた上で魔力を集めてみろ。小さくていい。小指の先程度で十分だ」
メグは集中する、目の前に小さな、小さな魔力の塊を作る。集めることだけを考えたため、少し不恰好な見た目をしている。
「上出来だ。そうだな、火を想像しろ。蝋燭の火でいい。そしてそれを集めた魔力に重ねるんだ」
想像して、魔力に重ねる……。
うまくできているかは自信がない。だが、恐らくできたので頷く。
「魔力を、その想像に合わせるんだ。まんま存在ごと入れ替わるように」
「入れ替わるように……」
いまいち想像がしにくい。
頭の中で「魔法とはなんだ?」という問いかけが響く。
想像の力。想像力。
魔力は栄養だ。魔力を糧とし、魔法という名の花が咲く。小さな火という想像は、いわば魔法の種なのだ。
ぽう、と火が灯る。何もない空中に。
「で、できた……。できたぞヴァル爺! 俺、魔法が……!」
ふっと火が消える。消えた理由はなんとなくわかった。メグは火が灯る想像しかしていない。燃え続ける火なんて想像はしていないのだ。
「フンッ……ワシから教えられることはあと一つだけ。無闇に力を振り回すな」
「……ああ、わかったよ。ちゃんと理解したさ」
この力は危険だ。何にでもなり得るし、使い方次第で何だってできてしまう。
今ならわかる。ヴァル爺の「魔法はそんな便利な物じゃない」という言葉は、きっとこういうことなのだ。
「メグ、これはワシからの褒美だ」
「褒美……? え? てか今名前……」
突如、目の前に「光」が現れた。眩く、直視できない。
それはジリジリと肌の表面を焼くほど強烈な熱を放っており、少し近づけば髪などは燃えてしまいそうだった。
まるで太陽だった。
次の瞬間、それは掻き消える。
「……」
「……」
あれが、魔法。自分の手を見る。震えていた。
あれが、できるのか。自分にも。
期待か恐怖か、はたまた別の感情か。それはわからない。
しかし、喉の奥が張り付くような、胸の方から何かが込み上げるような、感じたことのないそんな物を、身体中が訴えていた。
「今のはお前が使った魔法と同じ物だ」
「……は? 同じ?」
明らかに違うだろう、と突っ込む前にメグは固まった。初めてヴァル爺が笑ったのだ。
「励めよ、クソガキ」
「え、でもまだ山ほど聞きたいことが……」
ヴァル爺は首を横に振る。
「種は植えた。あとは芽吹くのを待つだけだ」
この日を境に、ヴァル爺は魔法を教えてくれなくなった。




