想像の力
そんなメグの疑問を無視して、ヴァル爺は背筋を伸ばした。
「ここからが本題だ。もう一度開け」
また、魔力を感じられる状態にした。世界が一段と賑やかになる。
ふと、ポツンと目の前に球のような物が浮かんでいるのに気付いた。
実際には目に見えない。だが確かにそこに存在している。
「本当に感じられているようだな」
ニヤリとヴァル爺の口角が上がった。
宙に浮いた不可視の球はゆっくりと、不規則に動き出す。
「感じる範囲を、これだけに絞れ。それ以外は一切感じない状態でこの球を追え」
難しい注文だった。が、ヴァル爺が言うならできるはずだ。
「むむ……」
集中する。動いている球にだけ焦点を合わせる。他は見えなくていい、これだけが見えれば。
「でき……た?」
頭が変な痛みを訴えている。絶対おかしな使い方をしている。脳の今まで使ったことのない部分を、無理やり動かしているような感覚だ。
「ぐぬ、ぬ……」
気を抜けば球の存在が消える。ゆっくり動いているはずなのに追いきれない。
ぶは、と息を吐く。それと同時に、範囲が無制限になった。
「まあ、悪くはない。休憩したらもう一回だ」
動いたわけでもないのに息が乱れる。想像以上に集中していたようだ。
息を整えながら、ヴァル爺の方を見る。
「さっき感覚を閉じてた時、同じことしてたな?」
「わかったか。そう、ちゃんと閉じれているのかを見ていた」
「急に呆けたからボケたのかと思ったよ」
「こんのクソガキが……」
ピキリと青筋が浮かぶ。
しかしメグも、この程度の軽口を言っていないとやってられないほど、すでに疲れていた。
息を整え、未だ動き続ける魔力の球に意識を向ける。そして感覚を閉じていく。
目を開けていても見えない、だからこそ感覚だけで何かを追う、というかつて経験したことのない行動が、着実に脳に負担をかけていた。
「……ぐぁぁ、無理! これ無理!」
メグは机に突っ伏した。
コトッと音を立てて目の前に果実水が置かれた。いつの間にか用意していたようだ。
「ありがとう」
お礼を言い、ぐいっとあおる。冷たく甘い果実水が喉を通ると、ほんの少し疲労が消えたような気がした。
実際、気がしただけなのだが。
息を大きく吐く。依然、目の前では魔力の球が動き回っている。
「もう一回だ!」
この日はその後も何度か繰り返した。――五回目にもなれば少し慣れも出てきた。
しかし、限界だった。
「無理……もう無理……」
「ま、よくやった。きちんと追えているようだし、明日は少し早く動かそう」
「……嘘だろ?」
ヴァル爺の顔は冗談を言っているようには見えなかった。
そこから数日、どんどん速度が上げられていく球を必死に感覚だけで追い続けた。それと並行して畑仕事や、ルナ婆の家の庭の手入れも行なったため、日に日に疲れが溜まって……いくことはなかった。
若さって偉大なのだ。
また数日が経つ。この世界での生活を始めて一ヶ月の時が過ぎていた。
もう庭の手入れをしていたら、子供が遊びに誘ってくる程度に馴染んでいた。魔力感知の特訓があるため、たまにしか遊んでやれない。だが、それでも十分なようだった。
この頃になるとメグはなんの気なしに魔力の球を追えるようになっていた。変則的に速度の変わるその球を、難なく追い続けている。
「へっ、どうだヴァル爺。俺もなかなかやるだろう」
「悪くないのは認める。だが……」
休憩中、ヴァル爺に対してドヤ顔をしていたメグだが、次の瞬間に表情が凍ることとなる。
目の前にある球が分裂し、二つに増えたのだ。
メグは両眼を塞ぐように手を当てる。
「ヴァル爺、まさか……違うよな?」
「フンッ、わかっているならやれ」
「……っ」
机に突っ伏した。一つはまだできる。それだけに集中すればいいのだから。しかし二つは……。
「苦手なんだよそういうのさぁ。だからピアノも続かなかったし……」
「ぴあのだかなんだか知らんが、これができなければ魔法を使うなど夢のまた夢だ」
「ぐっ……」
そう言われるとやるしかなかった。
意識を集中させる。ゆっくりと動き回る二つの球に意識を向け、範囲を絞っていく。
一つに気を取られ、すぐにもう一つが意識から外れる。
「くそっ!」
悔しかった、できないのが。でもヴァル爺の目は真っ直ぐだった。
できない、などと考えていない瞳である。
「……くそっ、やってやるよ!」
ここ数日は感じていなかった、頭の変な部分を使う感覚。そのうち鼻血でも出てしまいそうだ。
これは、本当に苦戦した。それから、さらに二週間が経っていた。
夏真っ只中。外に出れば確実に肌が焼ける、そんな季節である。
しかしメグは今日もヴァル爺の家で特訓である。
未だに二つの球を追うことはできていない。
うんうんと唸りながら頑張っていると、珍しくヴァル爺が口を開いた。
「クソガキ。魔法とはなんだ?」
「なんだよ急に……想像の力なんだろ?……あ」
「……」
ずっと同じ方法で追おうとしていた。もしかするとやり方が違うのではないか?
想像力を使う。重要なのはそこなのだ。
メグは考える。
現状、自分は何をイメージしているのか。目のような器官で球を追い続けるような、そんなイメージ。
ふと、思い浮かんだことがある。存在がそこにあるのは分かっているのだから、動きに任せてしまえばいいのではないか。
追うのではなく、そこにあると感じるだけ。
集中などする必要はない。目で例えるなら、視界に収めるだけ。それでも動きはわかるのだ。
そうとなればあとは試すだけだ。目の前には二つの動く魔力の球。見えなくとも、確かに存在している。
スッと魔力感知を閉じていく。魔力の球のみを、その感覚の中に残して。
「これは……」
どう動いている、どこにある。それが手に取るようにわかる。突然、球の動きが速く、激しくなるが、それも全く関係なかった。
「上出来だ。数を増やす」
目の前にあるのは五つの球。しかしどれだけ動いても、たとえ背後に回られたとしてもわかる。わかってしまう。
「訂正だ。上出来すぎる。もうこれ以上続けても意味がないな」
ヴァル爺が手放しで褒めた。メグは少しキョトンとし、ニンマリ笑った。
「もっと褒めてもいいんだぞヴァル爺」
「やかましい。次に行くぞ。でもまぁ、次は思ったより簡単に済みそうだ」




