世界の血栓
魔力を感じられたメグは、早速魔法を使おうと手を構えるが、ヴァル爺は首を横に振った。
「そんなことより草むしりが先だ」
全然「そんなこと」で片付けられたくない部分ではあったが、まあ機嫌がいいので黙ってしゃがんだ。
手に触れる全ての物が魔力を帯びている。先ほどまでゴミ同然に感じていた雑草さえ、今は宝物のように思えた。
しかしそれは、まだ笑って済ませられる範囲だ。
視界に映る自分の手、いや全身が、ものすごい量の魔力を帯びていた。
ヴァル爺の魔力もなかなか凄いのだが、メグのそれはもっとエグい。
見る人が見れば卒倒してしまうかもしれない。
ルナ婆は魔力が見えると言った。よくこんなとんでも魔力を見て声をかけようとしたな。そう思わざるを得なかった。
ヴァル爺は言った、魔力は世界の血液だと。
自分の体を見下ろす。魔力の塊。世界が血管なのだとしたら、メグはさながら世界の血栓だ。
◆◆◆
帰宅後、手を洗いながらヴァル爺の言葉を思い出していた。
「ろくなことにならんから、絶対家で魔法を使おうとするな」
多分その通りなんだと納得し、遵守するつもりだ。メグは上司の言いつけを守れる人間なのだ。
ルナ婆と顔を合わせると、すぐに何かを察したのか微笑んだ。
「楽しそうだね」
「わかるか、婆さん」
この件について触れたのはこれだけだった。きっとメグが話すまでは、魔法について話題を振られることすらないだろう。
メグはルナ婆のこういうところが好きだった。
夕飯は変わらず美味しかった。でも、今まで知らなかった隠し味を見つけたような、そんな気分だった。
食事を終え、体を拭き終え、ベッドに入る。
継続して掃除をしているので埃っぽさは皆無だ。
窓から差し込む月明かりを見る。この世界で目覚めた初めの日は新月だった。しかし時間が経ち、今ではもう、しっかりと肉付いている。
この夜、眠りにつくのが大変だった。なぜなら、魔力を感じるから。万物に魔力がある、つまり、万物の動きがなんとなく感じられてしまう。
集中すればルナ婆さんの寝息まで感じられてしまいそうだ。
嬉しいんだか迷惑なんだか。とにかく、この感覚に慣れるまで少し時間がかかりそうだった。
翌朝目が覚める。少し目が重い。それはそうだ、寝るのに結構時間がかかったのである。
目を擦りながら居間に行くと、ルナ婆は朝食を並べ終わったところだった。
「なんだ、起きたのかい。今から起こしに行こうと思っていたとこだよ」
「ああ、起きたよ。おはよう婆さん」
朝食を済ませ、口を濯ぐ。歯磨き粉なんて物はないが、歯を磨く物自体は存在している。
それはさておき、今日は軽く婆さんの庭を手入れしてからヴァル爺の家に行く予定だ。
雑草の生え放題だった庭は、数日をかけて手入れしたため今では地面がちゃんと見えている。
汗を拭って家で水を飲む。そろそろヴァル爺の家へ向かうつもりだ。
「今日はこれも持っていきな」
いつもルナ婆はパンを包んでくれる。しかし、今日は包みがもう一つあった。
「これは?」
首を傾げると、ルナ婆はニヤリと笑った。
「チーズさ」
チーズ。牛乳などを発酵させて固めた物。この世界では今、初めて見た。
「あの爺さん、乳製品が好きらしいんだ。これでかなり機嫌が取れるだろうよ」
思い返してみると、初めてヴァル爺の家で昼食を食べた際も、出てきたのはミルク煮だった。
あれ、子供に合わせたメニューじゃなくて、ただの自分の好みだったのか、とメグは思った。
「ありがとう婆さん。行ってくるよ」
「ああ、行っといで」
もうすっかり村の人とは顔馴染みだ。最初こそただの見知らぬ少女だったが、メグの性格や態度のおかげか、周りからの印象は「可愛らしくて愛想のいい子」というものになっていた。
近所の小さな子供達も「どこ行くのー? またあの怖いじいちゃんとこー?」と絡んでくる。
そんなこんなでヴァル爺の家に到着した。もうノックすらしない、普通に扉を開ける。
「ヴァル爺、いるかー?」
「ガキが、せめて扉を叩け」
声に怒気は含まれていない。気にせず居間へ向かうと、ヴァル爺は椅子で本を読んでいた。
メグの姿を見て、ぱたりと本を閉じる。
「婆さんがこれヴァル爺にって言ってたよ」
包みを手渡す。ヴァル爺はそれを受け取り、中を確認する。そして僅かに目を見開いた。
少し見た後、大切そうに包み直し、台所へと歩いて行った。
思ったより気に入ってくれたようだ。
「それで」
仕切り直すように、戻ってきたヴァル爺は椅子に座る。机を挟むように、対面にはメグが座っている。
「ちゃんと魔力は感じられるままだな?」
「もちろん、そのせいで昨日はなかなか寝れなかったよ」
「ふむ。睡眠を妨げる程度には感じられているということだな」
ヴァル爺は顎髭の剃り残しを撫でながら、じっとメグの目を見つめる。
「じゃ、その感覚を閉じろ」
「は?」
「閉じろと言っている」
感じるようになれとか、できたらそれを閉じろとか、支離滅裂すぎる。そうメグは思った。
「ボケてるのか?」
「んなわけあるかクソガキが! 一度感じ続けられるようになれば、垂れ流しで感じ続けるくらい誰にだってできるわ! 意識的にそれを開いて閉じる、そして今度は狙った場所、範囲を感じ取る。そうやって段階を踏むことが大切なんだ!」
真っ当な発言であった。一瞬でもボケ老人だと思ってしまった自分が恥ずかしかった。
それはそれとして腹は立つが。
「わかったよ、やればいいんだろやれば」
目を閉じ、意識を集中させる。周りに感じている全てを、感じなく、意識から外す……。
しかしできない。言うなれば、目を開いたまま、視界に映る物を見るなと言われているような感覚だった。
「……どうやるんだ?」
ヴァル爺は深いため息をついて、首を横に振る。
「魔法とはなんだと思う?」
唐突な問いに、メグは固まる。
魔法とは。魔力が世界の血液だとしたら、魔法は……。血液を使うってなんだ? 血液は全身に酸素を送る役割をしている。全身を巡り、必要な栄養を全身に送っている。
つまり、魔法とは……。
「うん、わかんねえわ」
ここに来て、魔力のイメージが大きく邪魔をしていた。
再びヴァル爺はため息をつく。
「これも、人によって答えが違う。ワシは魔法を『想像の力』と考えている」
「想像の力……」
想像を、形にする。イメージした物を魔力で肉付けするのが魔法……。
魔力を感じる云々の話と魔法って関係あるのか、そんな疑問が頭に浮かんだが、こういう場面でヴァル爺がおかしな発言をしないと信じ始めていた。
改めてメグは考える。
物を見るためには何を使う?答えは簡単、目だ。
魔力を感じる器官が存在する。それを、閉じればいい。そうすれば感じられなくなるはず。
イメージだ、目でもなんでもいい、とにかくこれを閉じるよう集中し……。
世界がいつもの色に戻ったような気がした。
「ふむ、できたか」
「できた、たぶん」
感じていないと言えば感じてないようにも思えるし、感じているようにも思える。
こればかりは魔力を感じること自体が、身につけたばかりの技術であるため、感覚が麻痺するのも仕方ないことだった。
「どれ……」
ヴァル爺は虚空を見つめた。少しして、頷く。
「できているようだな」
「何が?」
メグから見たら、ただヴァル爺が急にぼーっと呆けただけであった。




