Side:シャイム・ハ・シディム男爵令嬢(加害者視点2)
隣国の王族として生まれ、戦争には勝った。
空から星が降り注ぐ不思議な夢を見た次の日。
使用人が混ぜた毒で両親が死んだ。
10年間は泥の中を這いずり回った。
そんな私を助けてくれたのがアリアだった。
アリアンロット・フォン=ネルトリンガー令嬢。
その日も迂闊な貴族から金目のものを『調達』する最中だった。
いかにも幸せそうな、温室育ちの弱々しい女に
あっさりと腕を掴まれた。
『貴方、敵とはいえ天晴れね
私の家は貴方たちのような人も歓迎するわ』
そのままぬいぐるみを掴んで離さない幼女のように
市中を引きまわした挙句、邸宅に連れ込まれた。
それからは勉強に、行儀作法に
口煩い姉のようなアリアとの忙しい毎日。
今、貴族の学院に通えているのもアリアのおかげ。
でも去年から何かがおかしい。
あれほど立派だった所作はボロ切れのように崩れ
理路整然だった言葉は、出会って間もない私のよう。
おまけに帰りも遅い。
最初こそは怒られていたが
今では要領を得てギリギリの時間で帰ってくる。
『お嬢様、掃除については我々に任せると』
『大丈夫大丈夫、すぐやっとくから』
『いえ、そうではなく』
そこにあった布切れを拾ってみる。
ヌルヌルと変な感触に、変な匂いに浸されている。
これが乾くと雨後の犬のように縮んで臭くなる。
(こんなのアリアじゃない!)
試しにアリアの後をつけてみた。
小さい時はどうやっても三歩で見つかったのに
今はこうして『男』と密会しているところまで。
成長? 笑わせないで欲しい。
この家に拾われてから盗みなんて一回もやってない。
だからこれは……
「……シュカトル」
驚いた。
私ならいざ知らず、金魚の糞にまで気づいていない。
アルベール・セラス第一王子。
アリアの婚約者で、どうしようもなく情けない男。
私の事は終始下に見ているらしく、気にもしない。
そんな自己中の怪物が
屈辱に濡れた表情で密会を眺めている。
これは良くない兆候であった。
「な、何を!」
「いいから黙ってて」
第一王子を密会の現場から引き剥がし
結構な距離の空き教室まで引っ張った。
鍵をかけたところで第一王子が喚いた。
「放っておいてくれ!
お前には関係無い話だろ!?」
目の前で婚約者の隠し事を目撃した挙句
誇りも何も捨てて、泣き叫ぶしかない雑魚。
確かにトシュカトルは見た目だけは威圧感があるが
ああ見えて剣の才能だけはドブカス以下。
惨めな牛のダンスと噂される第一王子の剣術でも
手袋投げる方でやれば 簡単に勝てると思う
最悪の絵面すぎて吐き気がする。
「何だよ、もういいだろ!」
投げつけられた蝋燭が 顔に当たる。
あのままだと返り討ちに遭いそうだったので
無理矢理引き剥がして他の部屋に入れてコレ。
痛くは無いけど。
「気が済んだら真っ直ぐ家に帰ってね」
「うるせえ!」
精一杯の愛想すら見てくれない。
これじゃあどうにもならない。
ドアに手をかけた所で
聞き捨てならぬ独り言を聞いてしまった。
「何だよ、全部アレの通りかよ
頭おかしくなったのか俺は……」
「ねえ、それって『狂人の書』?」
「は? 何故、それを……」
「……あーしも『狂人の書』を見たと言ったら?」
第一王子は目を見開いてこちらに来る。
王子が右手を壁について、逃げ場がなくなる。
体格差、というものかもしれない。
今更になって恐ろしくなって洗いざらい吐いた。
自分の『狂人の書』が予言形式だった事を。
それでスラムも、学園の政治劇も全て躱した事。
両親を殺した毒杯も嫌がって逃げて
第一王子がこうして失恋することも、言ったかも。
「お前、俺の事を笑いにきたのか?」
流石に引っ叩いてやった。
確かに惨めとは思ったが
そこまで私を侮辱されるのは黙ってられない。
「この顔見てそれは信じられない!
何も知らないのに、そこまで言われるかな?」
「アルベール様、何を見たの?」
第一王子が話してくれたのは婚約者の話。
私の面倒を見てくれて
急に捨ててきた忌まわしきネルトリンガー令嬢の内心。
聞いて、全てが納得いった。
「お言葉だけどアルベール様
淑女の貞節すら捨てたあの女にまだ拘るの?」
「……さっきから言わせておけば!」
第一王子が顔面目掛けて拳を振るった。
その程度、スラムで私を嬲った叔父に比べれば温い。
殴られても、痛くないのだからどうでもいい。
そんな私を見て怯えたように距離を離す第一王子。
「アルベール様、あーしにいい考えがあるんだけど」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
こうして、史上最悪な婚約破棄劇が幕を閉じた。
逃げ帰ったネルトリンガー令嬢は罪を認めたも同然。
次の晩には正式な婚約破棄が成立した。
あの日、第一王子と話したのは幸せな未来について。
狂人の書を利用し、未来を書き換え、幸せを掴もうと言った。
一つを除いて全ての未来の可能性を話して
あの女の婚約破棄を成功させた。
そして、アルベール様はというと
まるで憑き物が落ちたかのように優しくなった。
「シャイム、喉でも渇いただろう」
あまり縁のなかった学園外の商店街。
一角にある酒屋のおじさんに向かって 快活に挨拶を交わしていた。
「やあ、俺たちでも飲める酒はあるかい?」
「これでも潰したら飲めるぞ」
「やめたまえ、一房で馬が買えるぞ」
「冷やかしなら……」
店主は私を見るなり、妙な納得顔のまま
私に子供でも飲めるよう魔術的処理が施されたワインを出してきた。
それは学園の決闘では一切役に立たない
蝋燭みたいな火の魔術であったが、一連の所作が寧ろ魔法じみている。
味も叔父から無理やり飲まされた後味が一切ない。
「おいしい」
「よかったな店主、太客が増えたぞ」
「お前なぁ」
酷い言われ方をしたので取り敢えず引っ叩いた。
顔にクリーンヒットしたはずが
何事もなかったように店主と無駄話を再開している。
「……アリアがいるのに、よくこんな店に入り浸っているんだ」
「逆だよ、逆
前はアリアと一緒によく来てたんだよ」
王子はそう言って眉根を下げた。
それは過去の女を思い出す男のする表情である。
「お嬢さん、その話はあんまりしてあげんなよ」
「どして?」
「……急だったんだよ、本当に
俺も最初に聞いた時にはいつもの冗談と思ってたんだが」
店主曰く、アリアは1年前にここに来なくなった。
王子の言い分もあまりにも一方的で
その目で確認しようとして、あまりに豹変ぶりに驚いたらしい。
汚物を見るような視線が今も忘れられない。
それが王子であれば、尚更だろう。
「ふーん、でもおじさんのナリで学園に入るのはあんま良くないとおもうな」
「よしてくれよ
あの学園の連中がこんな所に来るわけないだろ」
「何だって? その脂ぎった顔で本当に来たのか!?」
王子がグラスを置くのと同時に店主の拳骨が頭頂部を捉えた。
痛みに悶絶して床を転がるアルベール様は流石に見たことがない。
こんな感じで、アルベール様の素顔は寧ろ泥臭い庶民のそれだった。
帰りもスラムの人間から挨拶されて、意外と人望がある。
それらが全て『あの女』に潰されたと思うと
余計に怒りが込み上げてくる。
同時に一つ疑問がある。
突然アリア様が変わってしまったのはどうしてか。
確かにあの脂デブメガネの店主に
一切物怖じしないのは私ぐらいだろうけど。
考える程に『自分の時』と辻褄が合わない。
「何を考えているんだい、シャイム」
アルベール様が私の顔を覗き込んでくる。
目だけが笑っている……
「ん、まあ。アルベール様って結局何がしたいの?」
「何がって?」
「王様になった後
あの子達に何かしてあげるんでしょ」
「それは無いかな」
アルベール様はひやりと一言吐き捨てた。
何故か、心の距離を感じた。
「見ての通り、国境の戦は終わっていない
彼等を守るための余力は無い、そこは分かってるかい」
「でも……」
「だけど、アリアを無くした今の僕では何も出来ない
後ろ盾も、手札も、王位継承の目処すらも消えた」
「彼等はそんな事知った事じゃないんだよ、そうだろう」
アルベール様の哄笑はいつになく虚に響く。
或いは全ての責務から解かれ
彼等の仲間入りとなるであろう。
それは破滅の道に違いない。
「シディム、こんな私でも嘘をつかず
これまで通り一緒にいてくれるかな?」
ただ、頷くしかなかった。
だって、この道しか……アルベール様が救われることはない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「嘘を吐かないと言ったじゃないか!」
アルベール様はあの日のように顔が強張っている。
その外では星が大地を穿つ音が幾度もなく聞こえる。
「知っていたんだろう、この災い!
君は、ずっと私を嘲笑っていたのか!?」
酷い誤解だった。
そんな筈はない。
牢獄のような学園から解放されたアルベール様は
寧ろ、私の理想のひとみたいに輝いていた。
あれからたった1年。
合計で2年しか知らないけど、これだけは私だけの
大切な記憶。
「……だったら何なの?」
アルベール様はそれを聞いて、すぐにガラス片を握った。
相変わらず、決断だけは早すぎる。
アルベール様の血を浴びながら
走馬灯のように『狂人の書』が紐解かれていく。
実のところシャイムの故郷で『狂人の書』は
『神託』と呼ばれ、聖女の証として機能していた。
この『神託』受ける条件はただ一つ。
最高の幸せ、或いは最悪の不幸の運命が確定すること。
それにより分岐する未来を閲覧する力と
他者の心を覗き見る力が授けられる。
王子は後者の方であった。
「ふふ」
アルベール様を嘲った訳では無い。
むしろここまでやりきった自分に呆れ果てた。
何故ならアルベール様が生きている場合
どうあれ自分はアルベール様に殺される。
あの婚約破棄を阻止した場合は
アルベール様はトシュカトルに毒を盛られて死ぬ。
いずれにせよ『あの女』は死なない。
(でも……)
ページが1枚だけ取り残される。
婚約破棄でアルベール様が生存し
この終末の夜で私が殺された場合
その翌日に『あの女』は流行病に冒される。
病自体は寛解するが、その後発狂し、階段から転落死する。
それが両親の殺された夜に最後に下された神託。
「ざまあみ」
Side:シャイム・ハ・シディム男爵令嬢(加害者視点2) 終




