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第一話




「今からお前との婚約の破棄を宣言する!」


 最初、いつもの世迷い言かと耳を疑った。

 続けて私の悪行をつらつらと読み上げ始めた。


 そもそも、これは学園の生徒主催の夜会だと言った筈なのに

 深紅の天鵞絨(ベルベッド)地のマントを羽織ってきた時点で全てを悟るべきだった。


 この青年の名はアルベール・セラス。

 セラス公国の第一王子にして、私の婚約者。


 言うまでもなく、空気が読めない残念な男である。


「何か弁明はあるか?」


 弁明も何も、全部身に覚えがない。


 アルベール様の後ろに隠れてている、傷だらけの少女。

 シディム男爵令嬢を躾と称して鞭で叩いただなんてあり得ない。


 そもそも私は『日本人』だ。


 今はアリアンロッド=フォン・ネルトリンガーとして生きているけど

 去年までは日本で懸命に生きてきたので、本当に只の一般市民。


 ブラック企業に日常までも捧げさせられて疲弊した挙句

 駅の階段から転落死して、哀れに思った『神様』の計らいでこの世界に来た。


 だから、する理由がない。

 そもそもシディム男爵令嬢と一切面識がないのに。


「……」


 シディム男爵令嬢は、アルベール様にしがみつきながら私を睨む。

 正直、小動物のような愛され少女の、彼女からの視線なんて痛くも痒くもない。


 ただ、アルベール様の話に耳を傾けようとして

 最小限の反論に留めていたのがどうやら悪手だったらしい。


 騒然とする周囲の話題は、第一王子の奇行から

 これらの罪を認めようとする私への興味に変わっていく。


 でもいっか。

 だって、これって。


「ええ、認めましょう

 そして婚約破棄も受諾いたします」


 毅然とした態度で、アルベール様の目を見てそう宣言した。

 だが、私の知っている『物語(モノ)』とは異なり、アルベール様の笑みは消えない。


 結局会場から出るまで、私を非難する声が止むことは無かった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お疲れ、アリア」


 このまま一人で帰ると思いきや

 意外な人物からのお出迎えがあって驚く。


 彼の名はトシュカトル。

 辺境伯の三男坊にして、学園で話し相手となる友人。


 厚意で馬車に乗せてもらえることになった。


 彼はアルベール様とは違い、気遣いのできる大人で

 乗る時もさりげなく手を添えてくれる。


 馬が動き始めるとハンカチ?も渡してくれる。


「え、やだ!」

「無理もないよ、酷い言葉を浴びせられたのだから」


 確かに周囲の人間から『売女』とか聞き捨てならない暴言もあったが

 多分この涙はそういうことじゃないと思う。


 この異世界に転移して、右も左も分からないまま小間使い同然に扱われ

 その努力の甲斐もなくこうして追放が決定した。


 いや、私にとっては『解放』に違いない。


 この温かい空気に当てられて自然と零れただけの

 やっと安心できる場所に帰れたと実感できて、それだけのもの。


「しかし、彼らも勿体ないことをする

 君を失ったら、どれだけの不便が起きるのだろうね」


 考えてもなかったが、確かに大事かもしれない。


 食事に洗濯に、雑務の全てを機械的にこなしてきたのだから

 それを一気に失えば、アルベール様も青ざめるだろうか。


「別に問題はないのでしょう、だって追放してもいいぐらいなのだし」

「はは、流石。 手厳しいね」

「でも私の仕事を押し付けられるメイドの皆様はどうなるんでしょうか」

「うん、やはり君は優しいね」


「でも、説得できたのは君の父上だけだった」


 それを聞いてやっぱりなと心の中で落胆した。


 英雄と呼ばれ開化的な父ではなく

 礼節を重んじる保守的な母に雇われているのだから。


 真意はどうあれ、アルベール様側の人間でい続ける必要がある。


「待って、それじゃあもう」

「うん、明日には僕の故郷へと発つつもり

 勿論、君の父上のお墨付きもある」


「一緒に来てくれないかい?」


 その答えは誓いと共に交わした。


 やはりあの王子様は何も分かっていなかったみたい。

 着飾っただけの儀礼には、何一つの真実は宿らない。


 なのだから、私たちの些細な会話にすら嫉妬で狂い

 物陰から恨めしそうに見る事しかできない。


 本当に哀れで、可哀そうな人だった。

 それも、3秒ぐらいですぐに消え去っていった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「いくら何でもここまでやれとは言ってない」


 あれからトシュカトルの実家で1年暮らし

 使用人たちとも仲良くなって、今日聞いた話を統合する。


 昨晩の大災害でセラス公国が機能不全に陥った。

 国王も、宰相も、あの第一王子も安否不明だという。


 私を苛んだ彼らが人知れず『断罪』されてしまった。


「……」


 私の方も、先週から熱を出し

 ベッドから起きることも医者から制止された。


 それがマシになって、今は窓の外の

 一日を終えて夕飯の煙がたなびく、静かな風景を眺める。


 絢爛で暗い王都とは異なり、雑然と明るい辺境の街並み。

 ここの人たちはみんな優しくて驚いた。


 環境が人を作るってこのことかもしれない。


(でもトシュカトルは別だな)


 あの日の事を思い出すと、熱がぶり返しそう。


 トシュカトルと共に王都から出たときに浴びた陽光の温かさ。

 手のぬくもりが、前途を祝福してそうな気がして。


 トシュカトルの故郷に慣れるまでは大変だったけど

 思い返すたびに、愛おしくも思う。


「あ、そうだ」


 アリアンロッドには習慣がある。

 あの王都でも万人の幸せを願って、この時間にする祈り。


 転移したての頃の、王都の人たちの冷たい仕打ちですっかりやる気も失ったけど

 ここの人たちに対してはやってもいい気がする。


 手を組み、目を閉じて、祈りをささげた。

『主よ、この哀れな子羊たちを赦し賜え』

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