第9話:ヘルメス聖国の聖女
「この国はヘルメス聖国。つまり聖女様が統治する国だったのです。私が伝え聞くに百年前までは」
百年前……か。ハミルトニアン?
『え、エッチなことですか?』
違う。
『言っていることは正しいよ。元々ヘルメス聖国は聖女が治める国だったよー』
聖女ってのは?
『順転エネルギーが無尽蔵に溢れ出て不老不死とされる女性のことだね。稀に時代に現れて人類を導くとされているけど、特にヘルメス聖国の聖女はこの国を建国して千年くらい統治していた……とオムニサイドには記されているね』
そこら辺は全知のハミルトニアンにはわかるらしい。にしても全知にしても、何でもかんでもわかるというわけでもないらしい。それは何でだ?
『えーと。ハミルちゃん自身は全知なんだけど、その情報に辿り着くための索引の機能をお兄ちゃんに依存しているの。つまりこっちから勝手に情報を検索して、何でもかんでも説明するという便利機能はハミルちゃんには付いていない。パソコンに詳しくないおじいちゃんがグーゴルのビッグデータから情報を収集できない感じって言えば伝わる?』
なるほどね。
「で、その聖女様は今は居ないと?」
「この国で伝わる話を信用するなら、ダンジョンに封印されている魔王を討伐しにダンジョンに潜り、そのまま帰らぬ人になったと」
本当か?
『イエスともノーとも言えるかな?』
ハミルトニアンの言葉は断定を避けるモノだった。あくまで俺の基準で情報を話す以上、そこから逸脱した情報は取得できない……というか検索にかける熱量もあるのだろう。ランダウアーの原理もあるだろうしな。
「レイト様はこの国については何処まで知っていらっしゃいますか?」
「来たばかりだし。何も」
「東から?」
「いや。異世界から」
「「…………」」
言った瞬間、ジュリアンとジュリエットが押し黙った。
「つ、つ、つまり……勇者様?」
いや、単なるボヘミアン。勇者のついでに召喚に巻き込まれただけ。実際に矢佐間は聖剣を抜いたとされているし、俺よりも勇者適性はあるだろう。別に羨ましくは無いけど。
「むしろあのまま逃げださないと公開処刑されているところだったから、色々と宝物庫から宝をチョッパって逃げ出したところ。ジュリエットさんがポーションで病を治したって公言するのがマズいのはそう言う意味」
城から盗まれたポーションで病を治したとなれば、どんな法に触れるかも分かったものではない。
「は、はあ」
もはやジュリアンとは姉弟にしか見えないのだが、まぁそれはそれとして。
「その聖女様がどうかしたのか?」
「この国は大陸の西に存在します。その大陸西側の最西端には半島国家アリフレムという国がありまして。私たちはそこの出身なんです」
「出稼ぎ……ってわけでもないんだろ?」
「今のフェイクリスト王族は聖女様が行方不明になられたが故に玉座に座っている偽りの王。そしてその玉座にフェイクリストが座った結果、アリフレム王国は植民地にされてしまいました」
えーと。聖女が失踪。玉座が空。で、そこに別の奴が座って。隣国を植民地に。なんていうか……「あえて言おう! カスであると!」って言葉が想起された。
「今、レイト様が持っていらっしゃるアイテムボックスですが」
「ああ、これ」
宝石の形をしたアイテムボックス。金属で装飾されてオシャレ満載なんだが。ブローチに似ているが、アレよりも持ち物感が強いデザイン。
「そのアイテムボックスの原材料であるマテリアルアブソーバーと呼ばれる純結晶がアリフレム王国で出土するのです」
「はあ」
「そのアリフレム王国を植民地にして低賃金でマテリアルアブソーバーを採取。その結晶でアイテムボックスを作り高値で他国に売る。これが今のヘルメス聖国の経済を支えています」
つまり。ほぼアリフレム王国に依存した経済事情。今更植民地支配を止めるとも言い難い。王族にとってもそうだし、ヘルメス聖国の国民にとっても生命線と。で、その上でジュリアンとジュリエットがヘルメス聖国に出向いたのは。
「ダンジョンで生きているかもしれない聖女様を助けるためです。聖女様が玉座に返り咲けば、アリフレム王国への非道な仕打ちも御一考くださると愚考する次第」
まぁそうなるよな。それでヘルメス聖国のダンジョンに挑むためにこの国に来たというわけだ。
「そもそもその聖女の顔は知っているのか? 誰ともわからなければ助けようもないように思うんだが」
「それは……そうですが……」
とすると、だ。これは俺にとっても悪い話じゃなくね? ハミルトニアンはどう思う?
『まぁお兄ちゃんの身の安全を考慮するなら聖女様に復帰してもらうのが一番安全率は高いよね』
だよなー。問題は俺がダンジョンに潜ると即死することくらいで。
『即死はしないと思うなー。エレクトキシンもあるんだし』
ダンジョンのモンスターにも通用するのか?
『十中十九』
残りの一パーセントが怖いんだが。
「それでレイト様はどうなさるおつもりで?」
賢明な判断をするなら、この国から逃げるのが先決だが。
『他国にヘルメス聖国のフェイクリスト王族がお兄ちゃんの引き渡し要請をされると思うよー』
ぐうの音も出ない状況だ。とすると聖女がまだ生きているかもしれないダンジョンに潜る……とかか?
『生きている可能性は……』
何パーセントか。それをハミルトニアンは語って聞かせた。ゼロじゃないなら、たしかに確かめる価値はある……か。
「それでお願いがあるのですが」
とジュリエットが言った。覚悟を決めた目で。
「私たち親子を奴隷にしてはくれませんか?」
「それはさっき断ったはずだが」
「しかしダンジョンには潜るのでしょう?」
「そんなこと言ったか? 俺?」
ハミルトニアンとの会話が漏れているとは思いたくないが。
「体臭でわかります。レイト様がダンジョンに並々ならぬ考えをお持ちであることに」
臭いって事か? と聞くとジュリエットさんは首を横に振った。
「それで何で奴隷と言う話になる?」
「私たち亜人種はピュアリズムの蔓延るこの国で人権が認められていません。なのでダンジョンに潜るためには正規の冒険者の奴隷になるしかないんです」
本当か? ハミルトニアン。
『間違ってないよー。実際に亜人を使い捨ててダンジョンの危機を脱出する冒険者も珍しくないしねー』
「使い捨てる気は無いが……」
「レイト様がそういうお人ですから私もジュリアンも奴隷になることに抵抗が無いのです」
「だぞ。レイト様は俺たちを救ってくれた。アイテムボックスを盗んだことは許されないけど、謝罪代わりに奴隷として扱ってくれ」
それが余計な言葉だった。あらあらと笑みを浮かべて、ジュリアンを見つめるジュリエット。救済者の懐を探ったのだ。母親としての立場もあるのだろう。南無三。
どういう折檻が行われたかは黙秘で。




