第8話:ジュリアンのお母さん
「ヒール」
C級魔術。ヒール。それをかけてジュリアンの足を治す。麻痺は綺麗さっぱり消え失せて、そのままスラム街のオンボロの家の一つに入る。
「あら、お客さんかしら」
ジュリアンの家にいたのはジュリアンの母親。母親にも頭に猫耳が生えておりライカンスロープであることが伺える。
「何かウチのジュリアンが不徳をしましたでしょうか?」
しているかしていないかで言えばしているのだが、ソレをここで言う必要もないだろう。
なぁハミルトニアン。
『え、エッチなことですか?』
いや、そういうことじゃなくて。このジュリアンのお母さんってさ。
『病にかかっているんだよ。おそらくだけど寿命も相応だね』
助ける方法はないか?
『城からチョッパったポーションなら治せるよー』
え? そうなの?
『結構効果の高いポーションだし。大丈夫だと思うよ』
じゃ、使ってみるか。
「ジュリアン」
「なんだ?」
「このポーションをお前のお母さんに使ってもいいか?」
「ポーションって……」
驚いている様子のジュリアン。俺がポーションを提供するのが信じられないらしい。
「ダメか?」
「ダメ……じゃないけど。なんでレイトはそこまで?」
「単なる気まぐれだ。他に理由はない」
本当に、それ以上はない。
「ジュリアンの母君」
「なんでしょう?」
「この薬を飲む覚悟はありますか?」
城から盗んできた回復薬。仮に毒薬だった場合、待っているのは悲惨な未来。とはいえ俺に殺す気は無いし。助けるにしてももうちょっと言葉を選ぶべきだったような。
「もう目が霞んで見えませんが。ポーション……と仰りましたね……」
「ええ、本物である証拠はありませんけれど」
「いただきますわ」
弱々しい手を伸ばして、そうしてポーションのビンを受け取る。疑う気はあるのだろうが、それを表に出さないだけでも優しい人だな……と俺は思った。相手がこっちを信じてくれる。そのことがちょっとだけ嬉しい。
ちなみにハミルトニアン。
『え、エッチなことですか?』
違うわ。ポーションってどういう効能なんだ?
『単なる肉体のノーマライズ。癒す……というより元に戻すが近いかな。時間逆行ともまた違うけど、お兄ちゃんに分かりやすく言うなら……』
うーん、とハミルトニアンが悩んで。
『子供が積み木の城を作って、掃除をしているお母さんが間違えてその積み木を崩すとするでしょ? で、泣いた赤ん坊の御機嫌を取るために積み木で同じお城を積み直す。果たしてこれは時間逆行と言えるのか……と言う問題』
要するにテセウスの船か。
『そだね。それでいいかも』
頭の悪い会話をしている自覚はあるが、まぁジュリアンのお母さんが治るなら何でも。と思っていると。
「あら不思議」
ジュリアンのお母さんが言うように、全くもってあら不思議だった。目の前にいたのは栄養失調で骨と皮だけになっていた病人の熟年層だったのに。ポーションが効いて、美少女に戻っていた。
えーと? ハミルトニアンさん?
『え、エッチなことですか?』
だから違うっつーの。毎度毎度卑猥を疑わんと気が済まんのか己は。なんでジュリアンのお母さんが若返ったの?
『ポーションに含まれている順転エネルギーが肉体年齢を若返らせたと推察するよー』
順転エネルギー?
『この世界には霊長種には順転エネルギーと衰転エネルギーが存在して、生まれ落ちた最初は順転エネルギーが豊富で、逆に衰転エネルギーが微量しか存在しないよー。でこの順転エネルギーを消費して成長するんだけど、衰転エネルギーの方は時間が経つほどに増量する特性を持つんだよ。この順転エネルギーと衰転エネルギーが等量になった状態をこの世界では霊長種の成人として、それ以降は順転エネルギーが少なり、衰転エネルギーが増え続け、肉体が衰弱していく。コレをこの世界では老化と呼ぶんだけど、さっきジュリアンさんのお母さんに飲ませたのは高濃度の順転エネルギーの液体で、故に衰転エネルギーより順転エネルギーが勝った結果、身体能力のピーク時まで若返ったと推測するだよー』
要するに成長と老化の二種類のエネルギーがあって、その天秤で生きているって理解でオッケーか?
『まぁそんなところだな~』
さいですか。
「お……母さん?」
「あらあら。ジュリアン」
そこにいるのは美少女……というほど若くはないが、大人の女性と言うほど時間が経っていない微妙な年齢の女性。何というのが正しいのか。妙齢よりは若いんだけど乙女と言うほど子供じみていない。淑女? 令嬢? そんな感じ。
「これって……順転エネルギー?」
「みたい……ね」
薬効の即応性については俺から言えることはないが、まぁとにかく病が治ったのだからここは喜ぶべきところだろう。
「ッッッ!」
で、そのジュリアンのお姉さんくらいに見られる年齢まで若返った母親に抱き着いて、ジュリアンは涙が枯れるまで泣いた。正確には枯れもせずに泣き続けたのだが、そこはあえてツッコむまい。
「あのー。ソレでこの御恩はどう返せばいいのでしょうか?」
どうしましょう。と困った顔で頬に手を添えるジュリアンのお母さん。
「あーと。じゃあ一つだけ約束を」
「それだけでよろしいのですか? 親子でレイト様の奴隷になることも出来ますが」
魅力的な提案だが却下で。
「別に難しい事じゃありませんよ。俺がポーションを使ったことを秘密にしてほしいんです」
「たしかにあのポーションはちょっと」
こんなに効能が強いならもっとチョッパって来るべきだったな。あと数本しかアイテムボックスには入っていない。
「それより、なんでこんなスラム街みたいなところの住んでいるんだ? 貧民層にしてはちょっと想定より賑わいが激しいが」
と聞いたはいいが、まぁコンキスタドームで周囲を認識しただけだ。貧困層もいるにはいるが、どっちかってーと亜霊種が多い印象。つまりデミヒューマン。
「この国では亜人は差別されているんです。ピュアリズム運動というものがありまして、レイト様の様な純霊種こそが唯一無二で、亜人は人権を認められていないんです」
「なるほど……ね。じゃあ何でその純霊主義の国にジュリアンと……えっと」
「ジュリエットですわ」
「ジュリエットさんはいるので?」
「聖女様を探しているのです。私はモンスターの毒で引退まで追い込まれましたが」
ああ、それで弱体化を。それを俺が治してしまったらしい。
「ちなみにその聖女様ってーと?」




