第78話:33点
触れたジュリエットの手の平。その手に繋がっている戦闘卿の存在。ジュリエットの侵食触診は、触れたモノの属性を変える。それこそ、ジュリエットが触れたモノはニュートリノに変換して、全て無害化できる。さっき相手のコンキスタドーム内部に入って、戦闘卿の迎撃を無効化したのもその一種。圧倒的な暴力とはいえ、それはあくまでニュートン力学。加速度と質量の問題だ。エネルギーもボース粒子で出来ており、そのボース粒子をフェルミ粒子にも変換できる。つまりエネルギーさえニュートリノに変換してしまえるのがジュリエットを無敵たらしめている一つの要素。だが。
「33点だな」
そのジュリエットに触れられたまま、侵食触診が作用しない。動揺は一瞬。自分のスキルが相手に適合しない。そう覚った瞬間、ジュリエットは旋風になった。斬る風の音の鋭さをそのままに修羅疾患で増大させた暴力を戦闘卿に叩きこむが。
「血在魔法か。それに頼りすぎているな」
血在魔法……修羅疾患。戦闘卿のスタークオーバーブロー。それは非でありながら似ているものなのだろう。であれば膂力は同じ。違いが出るとすれば技。そしてその技術において戦闘卿は洗練されていた。自分の暴力はニュートリノ化される。だが相手の暴力は戦闘卿には通じない。一瞬の攻防の後、腹部を蹴られて吹っ飛んだジュリエットが、俺のバリアリブルに受け止められて戻ってきた。
「やっかいだなぁ。何というスキルかは知らないが。触れたモノを無力化するのか?」
まぁ正解と言っておこう。言うほど穏便な能力ではないが、たしかに触れた万物をニュートリノに変換できるジュリエットは最強の一角だ。
ハミルトニアン?
『え、エッチなことですか?』
事ここにおいて俺が損な質問をすると思われるのが心外なんだが。
どうしてジュリエットの侵食触診が通用しなかった?
『名前は知らないから即興で命名するけど、クオリアドレス……とでもいうのかな?』
クオリアドレス?
『お兄ちゃんはクオリア……つまり脳の中にしかない意識をドーム状に展開して知覚範囲を広げるコンキスタドームを持っているでしょ?』
今も広げているが。
『そのコンキスタドームを自分の肉体の体表面に高密度に纏うの。武術廻戦で言うところの領域〇延。あれは術式の中和だけど、クオリアドレスはクオリアの領域の密度と圧力を上げることで衣服を纏うように体外意識を極限集中するの。結果ドレスを纏うようにクオリアを纏って、衣服を挟んでいるから手の平で触れても衣服越しだから肌には直接触れていませんよっていう理屈を通す技術』
だから触れる必要のあるジュリエットの侵食触診はその高圧力のクオリアに押しやられて、接触という条件を満たせなかった……と。
『そういうことだね』
じゃあ俺も?
『お兄ちゃんはバリアフリーを持ってるでしょ』
あ。そうだった。たまに忘れるんだよな。自分の持っている異能のことを。
『でも遠距離では無理だよ。お兄ちゃんと戦闘卿のコンキスタドーム……相手が言うところの梵我反転? アレは自分を中心に距離が離れるほど圧力が減衰するの。結果、どうしても互いのコンキスタドームは不可侵で拮抗するから』
要するに千日手ってことだろ。なら直接触れればいい。どうせバリアフリーもあるんだし。触れれば終わりだろ。
『仮にそうだったら、なんでSSランクの魔術師であるタイインスレイブが負けたと思う? なにかカラクリがあるんじゃないかとハミルちゃんは睨んでいるよー』
つまりあくまでスキルの接触効果を無効化するだけで、そこから発生する二次現象はどうにでもなるんだろ? 例えば触れた相手を燃やすスキルがあったとする。そのスキルで戦闘卿に直接触れて燃やそうとすればクオリアドレスで不接触扱いになるが、何か別のモノに火をつけて、その物理現象として具現した炎を投げつけて攻撃すれば、それは立派な現象なのでクオリアという意識の壁は無いに等しい。スキルそのものを適応させるのではなく、スキルから発生した二次的な攻撃をくらわせればいいわけだ。
と、なるとやることは決まってきたな。俺はアイテムボックスからハイポーションを取り出して、ジュリアンに投げる。
「それをジュリエットに飲ませろ」
修羅疾患による肉体強化があるとはいえ、一撃で人を撲殺する蹴りを受けたのだ。死ぬことはないがダメージは深刻だろう。
「レイト様……」
ハイポーションを受け取って、不安そうにジュリアンが俺を見る。
「お前の後始末だったら、どこまで離れれば相手のコンキスタドームから外れられるか意識出来るだろ。後出しジャンケンでソレを見極めろ」
言った瞬間、ジュリアンは消えた。ついでにジュリエットとタイインスレイブも。
「ワープ能力でも持ってんのか? オタクの奴隷……」
「似たような意味では否定も難しいな」
俺がそう言った時、果たして戦闘卿が自分の耳を信じられただろうか。目視界にいたはずの俺が消え、聞こえた声は戦闘卿の頭上。そして俺はバスターランチャーの砲門を向けるように広げた手の平を腕ごと下にいる戦闘卿に向けていた。容赦はない。正確には出来ない。ここで温情をかけて、こっちが得する条件がまるでかみ合わない。
『叫べお兄ちゃん!』
「ハメカメ波」
言った瞬間、俺の手の平から膨大な熱量が発生し。それを戦闘卿の方も察しえたのだろう。
「インフィニティウォール!」
禁忌級。つまりSランク魔術であるインフィニティウォールを展開する。薄い皮膜の様な防御障壁を無限に生産して全てを遮断する魔術。だが、その無限にも生産コストと生産速度が存在する。出版社の紙を無限に印刷して、投下された核兵器をその紙で防げるか。俺の攻撃と戦闘卿のインフィニティウォールは、つまりそう言う関係だった。閃光が炸裂して、エイテル庭国の王都。そのギルドの傍にある石畳の道路に直径二メートルの穴が開いた。
ハメカメ波。
正確にはハーム・アンド・カーマ・アンド・ウェイブ……という。これをネイティブ発音でハーメンカーメンウェイブ。さらに略すことでハメカメ波だ。効果は御覧の通り。あらゆる全てを燃やし尽くし、全てを灰燼に帰す一撃。
「っていうか、底が見えないな。どこまで貫通したんだ?」
『この星を貫通してるよー』
……………………マジ?
『プランクスケールエネルギーの宇宙の真空空間を次元壁フリーでこっちに持ってきて、それを攻撃に用いたんだもん。半径二メートルの直線状に絞ってはいるけど、総合したエネルギーは銀河系フッ飛ばしてお釣りが来るレベル。射軸上を考えると銀河に対して平行に撃っているから、今回のハメカメ波は銀河を貫通するんじゃないかな』
お前……そんなもん俺に撃たせたの?
『まぁ別に小さな穴が開くくらい星には影響しないし』
それはそうだが銀河を貫通するビームって。そうして足元のバリアリブルを解除して、街路に降りて、一件落着……と思っていると。
「はっはぁ!」
しぶといというか何というか。そもそも骨の髄まで消し飛んだはずの戦闘卿が無事息災で生きていることに、ある意味で俺は尊敬の念すら覚えてしまった。
「ひはは! これで一回死亡だ! 殺されたのは久しぶりだな!」
一回死亡。殺されたのは久しぶり。つまりその意味するところは。
『回数性の復活。致命傷を複数回与えないと本当の死に辿り着かないって事かにゃー』
俺の言いたいことをハミルトニアンが全部説明してくれた。
「さて、とすると」
あと何回殺せば死ぬんだ?
『ハミルちゃんのビッグデータにヒット。戦闘卿のスキルはカウントダウンシンドローム。九からゼロまでカウントして殺さないと本当の死に辿り着かない。ちなみに同じ殺し方には耐性を得て通じなくなるから九回別の殺し方を要求されまーす』
そんな無茶苦茶な話があるかよ……。うんざり。




