第75話:敗北者は帝に師事する【矢佐間ユウシ視点】
「くそがぁ!」
どことも知れぬ廃城の中。俺様は鬱憤を晴らすために壁を蹴っていた。
「くそが! くそが! くそが!」
頭が沸騰してどうにかなりそうだ。あの場では俺様は必勝だったはずだ! デブリアンにはなまくらが渡されて、俺様の斬鉄剣で殺されるだけの一方的なショーのはずだった。だが予定は乱れこうして俺様はワープアイテムで逃亡することになった。地面の石を蹴る。
「なんでアイツの剣の方が切れ味いいんだよ!」
ジャイルに騙された? いや、それはない。戦闘卿が口利きをしたのだ。ジャイル如きに逆らえるはずもない。なにより、もし俺を嵌めるつもりならば、俺様にこそなまくらを渡して然るべき。わざわざ高値で売れる斬鉄剣をショーのために使い潰すとも思えない。とすると……。
「チートか」
何かデブリアンがズルをした。そう言う話になる。クソが! 正々堂々戦えよ! 俺様に負けるまでがお前の仕事だろ!
「荒れているな」
俺様が廃城で苛立ちを露わにしていると、そんな言葉がかかった。今は誰でもいいから殴りたい気分だった。ちょうどいい。コイツを殴って……。と思ったが、雰囲気から俺様はソレを断念した。フード付きのローブ。顔は仮面で隠して、誰とも知らぬ誰か。
「戦闘卿の知り合いか?」
「まぁそうだな。知り合い……か。的確な言葉だな」
同じ格好をしておいて関係ないとか言われても困ってはしまうのだが。
「あまりアイツから話は聞いていないが、ワープアイテムを使ってここまで来たということは、お前が勇者様……ユウシ・ヤサマか」
「そうだ。勇者だ。俺様が勇者だ。この世界で最も上の存在だ」
「くくっ。面白い事を言う。異世界からの来訪者だろう。スキルは何だ?」
「千剣適合」
「ほう。ヒーロースキルか。残念だったな」
「残念だと!?」
この俺様のヒーロースキルが外れとでもいうつもりか!
「スキルのランクはノーマルスキル、ヒーロースキル、レジェンドスキルと格が上がっていく。ヒーロースキルは希少ではあるが、最高位ではない。千剣適合はスキルリストでも確認できるスキル。まぁスキル全体で言えば中の中と言ったところだな」
「……殺されたいのか?」
イライラが頂点に達している。このまま暴力でコイツの口をふさぎたい。だが、それが俺様には出来ない。なにか。何か致命的なものを相手に捕まれている。そんな気がする。だがイライラしているのも事実だ。何かサンドバッグでもあればいいのだが。
「強くなりたいか?」
「……なりてぇ。……今よりも強くなりてぇ」
あのデブリアンを殺すだけの実力が欲しい。この世界の誰より強くなって、この世界のトップに立ちてぇ。そうしてデブリアンを奴隷刑に堕として、俺様が受けた屈辱を百倍にして返してぇ。
「では私が鍛えてやろう。聞くに聖女の呪いで不死であるとのこと。少々乱暴に扱っても壊れはすまい」
何を……言っている?
「私たちを超えるのは不可能でも、自分の意志を貫く程度の鍛え方はしてやる。そう言っているのだがな」
「可能か?」
「信じられないならこの話は終わりだ」
「強くしてくれ。俺様は誰より強くなりてぇ」
もし、目の前の仮面ローブが俺様を強くしてくれるなら、これよりいい話はない。
「構わんが。擬似的に死ぬことになるぞ」
「死んだら強くなれないだろ」
「だからあくまで擬似的に……だ」
擬似的な。まぁそれなら死ぬ気でやれって事なんだろうが。
「あんたは一体何なんだ?」
仮面ローブの正体を探る。だがわかることは少ない。あくまで戦闘卿と知り合いで、ファッションを共有しているのだろう。その程度しか知らないのだろう。
「仲間内からは偏執卿と呼ばれている」
偏執狂? いや、偏執卿か。
「八卿至帝の一人だ。この世界を人の理で動かすために世界を調整している責任者……とでもいうべきかな?」
「俺様を強くしてくれるんだよな?」
「ああ、Sランク冒険者でも敵わない程度にはな」
「よろしくお願いする」
縋れるものには全部縋る。俺様はデブリアンより強くなる。そうしてアイツを一生後悔させてやる。何よりも惨めな存在にまで貶めてやる。
「ではまず梵我反転から覚えてもらおうか」
ぼんがはんてん?
「なに。頭蓋の中身である脳を外に出す御業だ」
それって死なねえ?
「だから言ったろう。擬似的に死んでもらうと」
そうして仮面の奥で偏執卿はニヤリと笑った。まぁいい。強くなれるならそれ以上はない。俺様は強くなってやる。そしてデブリアンの目の前であのクソ聖女グラディオを犯してやる。そのためなら何でもするぞ。
「まぁとはいえだ」
偏執卿は俺様を見て、あっさりと身をひるがえした。
「とりあえず飯にしよう。私は腹が減った」
「酒はあるか?」
俺様は真っ先にそれを聞いた。
「ワインとブランデーでよければな」
よし。酒はある。ならば存分に酔ってやる。まずはこの鬱憤を晴らすのが先だ。待ってろよデブリアン。お前の奴隷どもは俺様が全部奪い取って、聖女を犯して、お前は一生俺様に逆らえない奴隷にしてやるからな。泣いて懇願しても許してやらねえ。俺様の気が済むまで蹂躙して、気が済んだら殺してサルベージしてブタのエサにしてやるからな。
「ひひっ。待ってろよデブリアン」
暗い感情が俺様を支配する。偏執卿は俺様を強くしてくれるらしい。だったら渡りに船だ。コイツを利用して最強になって、俺様はまた世界の英雄に返り咲いてやる。
「嫌いな食材はあるか?」
「あんまりないな」
偏執卿が俺様に聞いて、俺様はそれに答える。
「じゃあキノコのスープとパンにするか。質素で悪いな。豪勢な飯が食いたければ、この廃城を出て近くの街にでも行ってくれ」
「金がねえ」
「それくらいは奢ってやる。金は持っているのでな」
なんでも酒も近場の街で買っているらしい。何故廃城に住んでいるか聞くと。
「世捨て人の真似をしているだけだ」
と身も蓋もなく言っていた。そうしてパンとキノコのスープを食べる。質素な食事だが、まぁ嫌いじゃない。俺様をもてなすには少し不足だが、偏執卿が世捨て人を気取っているのは仕方が無いし、その意味で豪勢な食事は不可能ごとなのだろう。
「偏執卿は強いのか?」
「私が弱ければ、まぁこの世界の人間はほぼ雑魚だな」
つまり強いと。
「なんで俺様を強くしてくれるんだ?」
「暇つぶしだ。意図が無いわけではないがな」
声からは感情が抜け落ちていた。何か意図があって俺様を鍛える。つまり俺様を利用しようとしているわけだが。そこまで聞く気は俺様には無かった。強くしてくれるだけでありがたい。あのデブリアンの吠え面を見るためだけなら、俺様はいくらでも頑張れる。




