第73話:謀略の前兆【矢佐間ユウシ視点】
「酒だぁ! もっと酒を持ってこい!」
俺様、矢佐間ユウシはエイテル庭国の酒場で酒をかっくらっていた。お代は全部戦闘卿が持つらしい。一般的にキャバクラと元の世界で言われる酒場。綺麗なお姉さんが御酌をしてくれるそこだ。つい先日まで洞窟の中でマテリアルアブソーバーの採掘をしていたので、たまった鬱憤は、十やそこらでは聞かない。俺様に鞭を打って過労を強いていた現場監督を惨殺して、そのまま逃げだしたわけだが、ヘルメス聖国では税務署に訴えられるということで、隣国のエイテル庭国まで逃げるのは必然だろう。そうしてそこでようやく俺様はいつもの調子を取り戻していた。
「なぁこの後俺様とワンナイトしねえ? 後悔させないからよ?」
酒を飲みながらキャバ嬢にコナをかける。
「まぁユウシ様。いけないお方」
穏やかな笑顔のままキャバ嬢は俺様を躱す。
「これでもヒーロースキル持ちだぜ? 将来性あると思うなぁ」
「ユウシ様に私はもったいないですわ。もっと相応しい女性がユウシ様にはいますから」
「だよなぁ。この国内で一番いい女を俺様が抱くべきだよな?」
グビグビと麦酒を飲んで、俺様は酔った頭で未来のことに想いを馳せる。これから闇賭博が始まる。しかも相手がレイト……あのデブリアンだ。舞台は整えられているらしい。剣を使った決闘で、俺様にはアイアンカッターが渡され、デブリアンにはなまくらを渡される。もはや勝ち確。あのクソブタを徹底的にわからせる。
「あのクソ野郎を切り刻んでやってください」
カジノの支配人ジャイルは血走った目でそう言っていた。
「任せとけ」
俺様個人としても恨みつらみは高く積もっている。四トンくらいはあるだろう。殺意と憎悪の交配した悪感情が俺の中で育っていき、それはもはや人を殺すとか、そういう次元の話ではなくなっていた。地獄を見せる。それ以上はない。
「ユウシ様。お酒のお代わりは……」
「もちろんまだ飲むぞ! もってこい!」
意外と俺様は酒に強いらしい。酔ってはいるが吐き気はない。
「なぁ姉ちゃん。いいだろ? ワンナイト」
「心苦しいですが店の方針でお相手できないので」
にこやかな笑顔でお酌をしながらそう言う。
「俺様は勇者だぜ? 俺様に抱かれると周りに自慢できるぞ?」
「有難いお話ですが辞退させていただきます」
クソ。いいだろワンナイトくらい。
「抑えろよ。ユウシ」
同じく酒を飲んでいた戦闘卿が俺を制止する。このままワンナイトしないならここで切って捨てる。そう脅そうと立てかけている剣の柄を握った俺様に、牽制をかけたのだ。さすがに酒代を出してもらっているので、今の俺様は戦闘卿には逆らえない。
「チッ。いいだろ。女の一人や二人……」
「そう言うのがしたいなら娼館に連れて行ってやるから」
「え、マジで?」
「それくらいは経費だ」
戦闘卿はそう言って、酒を飲む。さっきからウイスキーのロックを飲んでいるが、酔いつぶれるようには見えない。
「ユウシはあのレイトを殺すことに集中しろ」
「あんな雑魚、目をつぶっても殺せるぜ。雑魚中の雑魚だからな」
酒を飲んでゲラゲラ笑う。俺様がアイツに負けるなんてありえねえ。まして今回の闇武闘は出来レースだ。なまくらの剣を支給されたデブリアンにアイアンカッターを持っている俺様。どっちが勝つかなんて火を見るより明らか。
「むしろ死体処理の面倒さを気にかけるべきだろ?」
「まぁ十中八九勝てるとは思うが」
失礼な奴だな。十中十に決まってるだろ。
「俺様のヒーロースキルは千剣適合だぜ? あらゆる剣に適合して最高の性能を引き出せる。アイアンカッターを握れば、どんな奴だって負けるはずねぇ」
「……だといいな」
ウイスキーのロックを飲みながら戦闘卿が言う。
「あっはっはっは」
笑いが止まらねえ。闇武闘でデブリアンを殺すだけで白金貨十枚の報酬が出る。ちょっと足元を見られている気もするが、今の俺様には大金だ。そのままヘルメス聖国の追手が来る前に稼いだお金で高跳びし、そこでヒーロースキル千剣適合を用いて名を上げれば、俺様の成功は約束されたようなものだ。ダンジョンには魔王が巣くっているらしいし、ソレを討ち取れば俺様の名声は約束されたようなもの。
「戦闘卿。高い酒頼んでいいか?」
「構わんが。潰れるなよ」
「英雄の俺様が酒に負けるわけないだろ。当たり年のワインを持ってこい!」
キャバ嬢が俺様を煽てて酌をしてくれる。これだよ。俺様を肯定する人間だけが生きる価値のある人間だ。そうして俺様はカパカパと酒を開け続けた。そうして時間が来て、心地よく酔ったまま今度は娼館に。とは言っても最高級の娼館は一見さんお断りなので庶民的なところに落ち着く。まぁ、この際贅沢は言わないが。
「戦闘卿はしないのか?」
「あんまり興味なくてな。楽しんだら昨日泊った宿まで戻ってこい。支払いはこっちでしてやる」
「ああ、わかった。じゃ、後でな」
明日は俺様の栄光の始まりの日。今夜はその景気づけだ。並の娼館とは言え、指名制で一番人気を頼んだ。どうせ金は戦闘卿が持ってくれる。
「ご指名ありがとございますわ。ロネと申します」
「ああ、今夜は相手してくれ」
香水をつけて淫靡な下着を着ている娼婦が俺様の相手をしてくれるらしい。女を抱くのも久しぶりだ。勇者だった頃はルシアが幾らでも相手してくれたが、今のアイツは王族ではなくただの奴隷だしな。俺様が抱く価値はない。
俺様が女を選ぶ立場。それが世界の真理って奴だろ?
そうして娼婦を抱いて、スッキリすると、宿に戻って眠りこけた。次の日、戦闘卿が昼飯を奢ってくれて、それからアイアンカッターの調子を確かめる。これならなまくらの剣なんていくらでも切れるぜ。
「ユウシ様。お迎えに参りましたぞ」
ジャイルが迎えに来てくれる。そうして闇賭博……闇武闘の場まで案内される。選手用の控室があり、そこで出番を待つわけだが。俺様の他にも選手はいた。なんでも借金を抱えて闇武闘に参加するらしい。勝てば大金が手に入るが、負ければ死ぬ。だが他に借金の返しようが無いのだろう。可哀想な奴らだ。俺様の場合は出来レースなので勝つ可能性百パーセント。殺されるのはデブリアンの方で、そうして俺様は大金を手に入れる。
「待ってろよデブリアン。とどめを刺してやるからな」
今から血が騒ぐ。アイツを殺せるというだけで、俺様の中の憎悪が滾る。俺様を差し置いて英雄と呼ばれているそれ自体が俺様への皮肉だ。デブリアンはクズらしく墓の下で眠っていろ。そうして選手が控室を出て、闇賭博の対象になっていく。帰ってこないのは死んだからか。あるいは勝って、借金から解放されたのか。俺様の出番はトリだ。Sランク冒険者対ユウシというお題目らしい。あのクソデブがSランク冒険者というのも気に入らないが、まぁいい。その分オッズは俺様の方が高くなるし、しかも俺様が負けようがないギミックだ。大金を稼ぐにはちょうどいい。この際どっちが上かは試合が終われば全員が知るだろう。俺様の方が上だということをな。
そうして闇賭博の最後。俺様が呼ばれる。
「殺してやるぞ……デブリアン」
ああ、やっとここから始まるんだ。俺様の復讐と英雄への道が。斬鉄剣アイアンカッターを腰に差して、そのまま闘技場へ。魔術の明かりで照らされた試合会場。そこに俺様が先に立っていた。俺様を待たせるとは偉くなったもんだな? デブリアン?
「ま、生きていられる時間が数秒伸びただけとも言えるか」
絶対に殺してやる。それも出来得る限り残酷に。俺の機嫌を損ねた人間はどいつもこいつも死ねばいい。デブリアンなんてその筆頭だ。必ず殺してやるからな。




