第67話:悪意の種【三人称視点】
一人の男が、大陸最西方の半島国家、アリフレム王国に来ていた。ここではマテリアルアブソーバーの採掘が活発で、しかも最近は物価も適性に戻ってきている。もちろん商人達には大惨事だが、今更低賃金で働く奴隷はもういない。アリフレム王国は植民地化から抜け出して一個の国家として再生したのだ。ローブを着込んで仮面で顔を隠し、不審者丸出しで行動している彼を止める人間はいない。とはいえだ。一応国境での関税については支払いが行われていた。
「ここがアリフレム王国……ね」
少し渋い声だが、それはあくまで声質で、響く音波には瑞々しさが溢れている。
「さて、ここに勇者様がいるという話だが」
あくまで彼の当てずっぽうによる聞き込み調査を真実とするならば……と注釈は付くが。
「腹が減った」
仕方ないので仮面ローブの彼は適当な定食屋に入った。
「お姉さん。ランチセットを一つ」
あきらかに年配のおばさんにリップサービスをしながら男はそう注文する。
「あらやだ若いもんはおばさんをからかって……」
とかいいながらまんざらでもないようにニコニコ笑顔で注文を受注し、キッチンに立つ旦那に「ランチ定食一丁」と声を発する。「はいよ」とこれまた奥から声が聞こえて、夫婦仲が悪くないことが察せる一幕だった。そうしてローブ仮面が飯を待っていると、くたびれた男が店に顔を出した。見るからに疲労しており、過剰なオーバーワークで身体を壊していることが悟れる。最低限の獣の革を縫って作られた粗末な服。腕や足には鞭の後。みすぼらしい格好をした男は、名を矢佐間ユウシと言った。
「あら、あんた。また今日も来たの?」
「ここの黒パンが一番安いんだよ」
皮肉ともとれる言い訳で、その様に論評する様はまるで世捨て人。
「黒パンとスープを頼む……」
疲れ切った表情で、一番安い定食とも言えないメニューを頼んで、それがどうにも仮面ローブの男には許しがたく。
「お姉さん。こっちのあんちゃんにもランチ定食をくれてやってくれ。会計は俺につけていいから」
仮面ローブの男がそう言うと、疲れ果てた男の目に少しだけ光が宿った。
「奢ってくれるのか?」
「気にすんな。袖擦り合うも他生の縁だ」
そうしてランチ定食を二人前頼んで、一気に二人分作ったのだろう。おばちゃんが同時に二人のテーブルに並べる。矢佐間ユウシは一口、今日のランチ定食……そのシチューをすくって口にし、涙をこぼした。
「そんなに美味いのか?」
「久しぶりだ……まともな飯は」
「毎日黒パンとスープだけの生活か?」
「ああ、飯代も稼げないからな」
「お前、名前は?」
仮面ローブの男が聞く。さすがに食事に際し仮面は外しているが、それでもローブのフードで徹底的に顔は隠している。
「ユウシ・ヤサマ……」
「ユウシっていうと……ヘルメス聖国の勇者様か?」
「そう呼ばれるのも久しぶりだ」
乾いた笑みで、ユウシはそう言った。
「ここで何してんだ?」
「借金の返済。金貨五万枚を稼がなきゃいけないのでな……」
「返せると思うか?」
「さてな。奴隷契約はしているし、返すしかないんじゃないか?」
「じゃあ聞くが、俺が奴隷契約を解消してやるって言ったら乗るか?」
「…………あ?」
シチューをスプーンですくっていたユウシがローブの男を見る。
「奴隷契約も一種の魔術だ。解除する方法は存在する。問題はその解除方法を奴隷に教えるわけもなく、奴隷商の方も、普及すると商売にならないから黙っているんだな」
「お前なら……解除できる……と聞こえるが?」
「実際にその通りだな」
特にひけらかすわけもなく、シチューを食べながらローブの男は言う。
「ここから逃がしてくれるのか?」
「もちろん条件付きだ」
フードで隠れている男の顔。だがその唇が弧を描いた。
「言ってみろ」
「救国の英雄を知っているか?」
「デブリアンだろ」
「デブリアン……?」
「あのブタで無能のクソ野郎。俺様を追い落とした人間のクズだ」
「恨んでいる……という認識でいいのか?」
「ああ、そんなレベルじゃないが……一応筋は通る」
「そいつに復讐してほしい。俺が望むのはその点だ」
ローブの男はそう言う。
「本気か?」
「無論だ」
そうあればどれだけいいだろう。毎夜のようにユウシはそのことを考えていた。ソレを叶えてくれるというのだ。飛びつかないわけがなかった。
「本当に俺の奴隷契約を……」
「ああ、解除してやる。だから救国の英雄を殺してくれ」
ぶら下げられたニンジンは甘く、噛みつけばジューシーな味であふれているはず。そうと知って飛びつかないのはバカのやること……という意味は重々承知しているのだが。
「じゃあ、いつもはどこに泊っている? そこで解呪をしよう」
「いつもはマテリアルアブソーバーの採掘場で寝ているよ。腹が減った時だけこの店に来ているんだ」
「十分な金と装備をやる。だから救国の英雄を殺してくれ」
甘言を囁かれている自覚はある。だがそれでもユウシにとっては許せない人間の筆頭にレイトがいて。
「作戦はあるのか?」
「無論だ。というか、そのためにお前に会いに来たと言っても過言じゃない」
「そうか……そうか……」
納得して、ユウシは目に光を取り戻した。
「じゃあやってやる。アイツを殺せばいいんだな?」
殺意にまみれたユウシの言葉。あきらかに人を殺すことを望んだ人間の声。だがその声がローブの男は嫌いじゃなかった。
「お膳立てはしてやる。だから安心して救国の英雄を殺せ」
「オーライ。乗ろうじゃないか。ただしお前が本当に俺の奴隷契約を解除できるのか否かだが」
「じゃあ今夜にでもやってやろうか? お前も、お前を奴隷扱いした俗物どもに目にもの見せてやりたいだろう?」
「ああ、それは滾るな。あいつらは疲労した俺に鞭を打って罵倒したんだ。全員殺されるべきだ」
そうして二人は密約を交わして、定食屋を出る。ユウシは労働に戻って、仮面ローブの男は、奴隷商のところに行った。奴隷契約の解除の触媒を買いに、だ。本来は禁忌とされている。奴隷契約の解除方法は奴隷商の秘匿するところ。だが男が知っているとなれば誤魔化す理由もなく。むしろ仮面ローブの男の機嫌を損ねれば奴隷契約の解除方法が流布される恐れまである。
「あくまで触媒だけ売ってくれればいい。調合はこっちでやる」
その一言だけで、彼が調合を心得ていることを奴隷商の方も察する。
「ユウシ・ヤサマ……勇者様ね。せいぜい踊ってもらおうか」
仮面の奥でニヤリと笑って、男はクスリの調合を始めるのだった。




