第36話:聖女帰還
「っと」
浮遊感が発生したわけじゃないが、目がチカチカして俺は戸惑った。さっきのラーメン街から異世界……そのヘルメス聖国の王都に転移したのだ。視覚細胞の映す映像にも極端に驚きがある。
「ここがヘルメス聖国の王都……」
伝説を信じるなら、聖女グラディオが失踪したのが百年前。俺たちはその百年前を知らないわけだが。
「栄えて……いますね」
一応、王様としては喜ぶことではあるのだろう。ただ既にジュリアンとジュリエットに聞いている。このヘルメス聖国の繁栄が何を礎にしているのか。
「レイト様。もう剣を差しても?」
「こっちの世界でならOKだ」
というかお前が法律だろうに。
「あの、さっきのラーメンですけど……」
「週一で帰る約束はしているし。また連れて行ってやるから」
本気で豚骨ラーメンを気に入ったらしい。次は醤油かね?
「ようようよう。そこの姉ちゃん。ちょいと俺様に付き合わね?」
どこに行ってもバカはバカか。しかしこれで敬いの姿勢が無いということは、つまり聖女グラディオの顔が認知されていないということで。この男だけ……というわけでもないのだろう。偽の王族……フェイクリスト家が聖女の偶像化を禁止しているのだ。つまり本気でグラディオを歴史から消そうとしているわけで。矢佐間にセイントブルク神殿ダンジョンのダンジョン攻略を頼んだのも聖女を殺すためだろうし。まぁ矢佐間だと返り討ちだろうけど。斬鉄剣程度でグラディオのディレクターズカッターとショートカッターをどうにか出来るとは思えない。ほぼ初見殺しと言うか全見殺しというか。ショートカッターなんて視界を範囲に含んでいるから俺のバリアリブルでも防げないし。
「控えよ。王の凱旋であるぞ」
ディレクターズカッターを抜いて、その剣の切っ先をナンパ男に突きつける。こっちでも殺人は罪だが、まぁ王様は治外法権ということで。
「はぁ? 何言って……」
ヒュンとディレクターズカッターを振るうグラディオ。自分と剣の範囲を修正する聖剣。まるでそこにいなかったようにナンパ男が消え去った。それこそ映像編集で出番を削られた……とでも言うのかのように。
「ん……ん……」
チョンチョンと自分の喉を叩いて、それから聖女グラディオが魔術を行使する。
「ラウドスピーカー」
術式を励起させるコールも必要ないらしい。聖女グラディオの魔力はAランク。つまりAランク魔術までは呪文無しで起動できる。
「私は聖女グラディオ・トリスメギストス! 今、ここにお前たちの王は戻った! 傅け国民の皆々様! これより王が凱旋する」
「勝って帰ったわけじゃないから凱旋じゃなくね?」
「レイト様。ツッコミは野暮です」
チョンチョンとジュリアンが俺の横腹を肘でつつく。まぁわかってるけどさ。やっぱりちょっと気になるじゃん? そうしてグラディオが拡声した声を聴いて、王都は震撼した。おそらくだがほぼ九割九分の都民は聖女グラディオの顔を知らない。名前だけは伝説で語り聞かされているだろう。かのヘルメス聖国を治めていた賢王。不老不死にして民衆を癒す聖女でもある。無限の順転エネルギーを内包し、死ぬことを許されない最強の王。
「聖女グラディオ様!?」
「マジか!?」
「生きていらっしゃった!?」
王都がざわつく。仕方ない事だろう。
「嘘だ!」
「聖女様はダンジョンで死んだって!」
「誰だ! 聖女を語る不敬者は!」
およそ肯定派と否定派の二つに分かれたのは俺としても面白いところ。
「信じない奴はどうする?」
「説得。後に殺します」
お前がそれでいいならいいんだがな。
「…………」
ちょっと怖い無言。そして腰に差した三本の聖剣の内、二本を手に持つ。ディレクターズカッターとショートカッター。どちらも戦略級に認定される聖剣だ。一撃で一個師団を屠る能力と、それ以上に有るものを無かったことにする能力。
「さっきの拡声魔術は誰だ!?」
軍警察が動いた。まぁ王を語るのは不敬罪だが、コイツの場合は本当のことを言ったまでで。
「貴様か! さっきの狼藉は!」
軍警察の集団が槍を構えて敵対姿勢。
「控えろ。王の御前であるぞ」
ディレクターズカッターの切っ先を軍警察の集団に向けて、王として命じる。元の世界では困惑した表情を多く見たので、こうやって王として振る舞うのは俺としても新鮮ではある。
「バカなことを! 王なら城にちゃんといる!」
「聖女グラディオ・トリスメギストス……と、そう語ったはずだが?」
「バカバカしい! 聖女様は百年前にダンジョンで失踪しておられる!」
「帰還したのだ。それとも」
ヒュンとショートカッターを振るう。
「我が聖剣の錆となるか?」
聖剣ショートカッター。それによる視界を切る斬撃。軍警察の集団の足元に、誤解の余地のない斬撃痕が刻まれる。離れた場所を切る聖剣。その威力が自分に向けられたら。その仮定は、軍警察の集団には悪夢だろう。
「その気になれば王城までまとめて切り裂けるぞ?」
オーバーホライゾン。その証明をするにはショートカッターはあまりに当然すぎて。地面を削った斬撃が、何よりの証左だったろう。
「ほ、本当に聖女様……?」
「百年も経ったのだ。貴様らが知らぬのも無理はないが……なんなら美術館に行け。封印された地下の脱税金庫に我の肖像画と石像が保管されている」
まぁそのことをグラディオが知っているのは俺の告げ口だが。
「道を開けよ。二度は無いぞ」
既にショートカッターの威力は見せている。自殺願望でもない限り、抗う術はないだろうし。
「「「「「ははーっ!」」」」」
ザッと左右に分かれ、軍警察の集団がグラディオに頭を垂れた。
「よい。大儀であるぞ」
そうしてグラディオは早くもない速度で嘔吐の中央にそびえる城まで歩く。
「なぁ。俺らも一緒に行っていいのか?」
虎の威を借りる狐の気分。
「レイト様とジュリアンとジュリエットは私の恩人です。相応に遇しますよ。豚骨ラーメンはありませんが」
そんなに気に入ったの?
「では行きましょうか。偽りの繁栄を終わらせるために」
そうして控えている軍警察の集団に頭を垂れさせ、堂々と道を闊歩するグラディオ。
「どう思う?」
「グラディオ様についていくしかないんじゃないか?」
「あらあら」
ジュリエットは表情が変わっていない。コイツはコイツで大物だ。
「ところでフェイクリスト家はどうするんだ?」
「責任を取ってもらいます」
まぁソレは必須だろうが。アリフレム王国に引き渡して火刑とか?
「それでは面白くないでしょう?」
やべえ。ニッコリ笑っているが、グラディオの目が笑っていない。まぁ俺としても同情の余地は無いんだが。矢佐間の口車に乗って処刑しようとしていたし。不幸な目にあうなら気持ちもスッキリするだろう。とはいえグラディオが何を考えているのか。南無三。




