第35話:豚骨ラーメン
「「「ッッッ!?」」」
東京のだいたい日本人なら誰でも知っているラーメン屋の集まっているアレ。ハミルトニアンたっての希望で豚骨ラーメンを食いに行ったのだが。一応異世界にも箸の文化も麺の文化もあるので食事そのものには困らなかったわけだが。
「何これ!?」
三人を代表してジュリアンが聞いてきた。
「豚骨ラーメン……と言っても通じないだろうし。ブタの骨を白く濁るまで煮込んで、そのスープに麺を入れた料理だな」
「ブタの骨?」
「ブタの骨」
コックリ頷いて麵をすする。ところでラーメン屋で麺の硬さを聞かれることがあるが、あれって「ベストで」って答えるとどういう硬さが出てくるんだろうな?
「俺たちの世界で作れるか?」
「まぁさほど物理法則も違わないみたいだし、可能ではあるんじゃないか?」
ブタの骨を調達するのもヘルメス聖国の王都で可能だろうし。ただレシピが無いと。俺は豚骨ラーメンの作り方なんて知らんぞ。ハミルトニアンは。
『知ってるけど些事すぎて興味ない』
全知の存在ではあるが、俺が問題に直面しないと働かないんだよな。ハミルトニアン曰く『興味のない通りすがりの人間のファッションに論評できるのか?』という理屈らしい。もしくは『聞かなくてもいい事を聞くな。ググレカス』という時もあるらしい。多分今回は前者なんだろうけど。
「はぁ。美味しい」
「ちなみにスープまで飲むと太るからな」
あと豚骨スープのプリン体はビールの数倍らしい。ソース無いけど。
「…………」
三人ともラーメンに夢中で気が付いていないが、俺は俺で精神的に追い詰められていた。一応親にも了解は貰っているし、三人も俺の世界がどういうものかは言葉と環境で察しているだろうが、どうにもならないものもある。
「なぁ。あの二人」
「ヤバくね?」
「っていうか何で猫耳?」
ジュリエットとグラディオが客の注目を集めていた。当然だ。こんな絶世の美少女を無視できる男がいるなら俺も見てみたい。結果、そいつらと一緒にいる俺とジュリアンも副次的に注目を浴びて、嫉妬の心は父心。
「…………」
ズビビーと麵をすすりつつ、何とも言えない気持ちになる俺でした。
「うーん。美味かった」
注文は券売機だったので清算は既に終わっており、のれんを潜って外に出る。
とりあえずどうだった?
『え、エッチなことですか?』
豚骨ラーメンの話だよ!
『美味しかったよー。感性がお兄ちゃんに準拠するから、お兄ちゃんが美味しいと思ったらそれがハミルちゃんに適応されるんだけど』
なるほどね。
「じゃあ向こうの世界に……」
帰るかぁ、という前に。
「お、いい女発見~」
どこに行っても絶滅しない、ナンパ男が現れた。昭和ならまだしも、今はマッチングアプリがあるだろ。それとも某大王みたいに現場主義なのか……。焦ってもしょうがないということはわかるが、どっちかってーと俺が心配しているのはナンパ男の方だ。二人一組で地元じゃ負け知らずとか言ってそうな風貌だが……まぁそれは良くて。
「ちょっとお茶しない? 奢るよ?」
「お茶?」
首をかしげるグラディオ。銀色の髪がサラリと揺れる。見るだけでわかるシルクの様な髪のサラサラにナンパ男も唾を呑む。極上の女が目の前にいる。
「レイト様……」
あんまりこっちの世界で様付けはしてほしくないんだが。こればっかりは注意も難しい。
「お茶を奢ってくれるらしいですけど……」
まぁ喫茶店という文化に疎いんだろうな。スタブも無いだろうし。
「要するにナンパされているんだよ」
ナンパは百年前にもあったのか。
「ああ、なるほど。男が女を引っかける……」
正解です。
「俺たちと一緒来ない? 楽しいこと教えてあげるよ?」
せめて殺すなよ。ソレは既に言い含めてある。こういう男が湧くことは想定内。殺人のリスクはトクトクと語っていたので、馬鹿な真似はしないと思うが。
「お前ら。グラディオ様に不敬だぞ」
怒りを最初に見せたのはジュリアン。ジュリエットは状況を分かっているらしく「あらあら」と頬に手を添えていた。まぁ元が美人で爆乳だから異世界でもこの手の男とは会っていたのだろう。お茶に誘うのは流石に無いと思うが。
「あ、何お前? っていうか何で猫耳? うけるんですけど」
まぁライカンスロープだし。ちなみに確認したが、しっかり顔の側面には耳が無かった。ショートカットだが髪で隠れていると思うよな。普通。
「どいてろよ。俺はそっちの女に用が」
「さ・わ・る・な」
下卑た顔でグラディオに手を伸ばそうとしたナンパ男の一人が、その手首をジュリアンに掴まれた。
「レイト様」
「何でしょうか?」
言われんでも言いたいことはわかったが。
「殺さなきゃいいんだよな?」
「結論としてはそうなる」
他の点で妥協していいのかは、この際後世の評論家に任せるか。
「何言ってやがる。いいから手を放せこのクズ」
吐き捨てるようにナンパ男の一人が言った瞬間、その手首があり得ない方向に曲がった。たしかに殺してはいないな。血在魔法。修羅疾患。その気になれば超音速でぶっ飛ばして空気抵抗で骨まで燃やすこともできるのだが、あえてしなかったらしい。果たしてそれを良心と呼んでいいのかはともあれ。
「が、ああああ!」
折れた手首を押さえて、悲鳴を上げる男性一人。隣の男性は、ソレを見届けて沸騰。ジュリアンに殴りかかるが。
「その程度で喧嘩売って来てんのか?」
拳を手で受け止めて、そのまま握りつぶす。純粋な握力で手の骨を粉砕。
「やりすぎだ」
「え? ダメ?」
過剰防衛に当たるが……まぁいいか。どうせ警察が来る頃には俺たち消えているし。
「お兄さん方。次から女を選んでナンパしろよ」
ジュリエットとグラディオまで加わったら、このラーメン街が砂塵になりかねない。
じゃあハミルトニアン。しくよろ。
『え、エッチなことですか?』
ソレはお前にはどうにもならんだろ。
『座標は特定したよ?』
オーライ。俺はコンキスタドームを少し広げてジュリアンたちを包む。どうやら俺のスキルは自分に接触していないものは適応されない接触型らしく。それは異世界を渡るのにも有効らしい。
「次元壁フリー」
そうして異世界にとんぼ返りする。ナンパのお兄さん方には整形外科にお世話になってもらうとして。特に魔法陣が発生するでも魔力が溢れるでもなく。あっさりと動画のコマ落としのように俺たちは元の世界から消え去った。




