第34話:辺根斗家
「えーと……」
妹のハルカから俺の生存確認を連絡されて、大慌てだったのだろう。仕事の引継ぎを社員に任せて高級マンションの我が家に帰ってきた父親は、そのまま大所帯で家を圧迫している俺たちを見ていた。家で煎餅を齧りながらサブスクのドラマを見ていた母親には既に説明が終わっているが、父親にはしていない。というかもう俺が一々口を開くのも面倒だ。母親とハルカに任せよう。
「異世界? 勇者? 魔王? ダンジョン?」
まさにボケ殺しのお前は何を言っているんだ状態の父親に、納得せざるを得ないのは息子と娘の一日でコミットした物理現象を超越した奇跡。美男美女と言って過言ではない息子と娘の変化に、それはそれは疑わしく何度も確認して。それが事実と知ると、俺が勇者召喚に巻き込まれて異世界を三ヶ月ほど放浪しているのを心ではなく言葉で理解したらしい。
「だ、大丈夫だったのか?」
「えーと、まぁ、チートスキルを手に入れて。なんとか無事息災。難関ダンジョンも攻略したわけだし、こうしてチートスキルで現実世界にも帰って来れたわけだし」
「本当にレイトか……。それで異世界から連れ帰ったのがそっちの……」
「連れ帰ったっていうか、一時的に引きずり込んだだけだ」
「異世界に帰すのか?」
「っていうか、俺が異世界の方をメインに人生を送る所存」
「え? お前もまた異世界に行ってしまうのか?」
「えーと、まぁ」
「いや、でも、危ないんだろう?」
「大丈夫だって。チートスキル持ってるし。マジで最強だから。俺」
これについては存分に詐称が入っているが。
「しかしだな。学校はどうする?」
「退学させてくれ。必要なら高卒認定試験受けるから。大学にも行くつもりはないが、別にいいだろ?」
「お前が心配なんだ」
いやでもさぁ。やっぱりファンタジー世界の方が面白いっていうか。見ていて飽きないというか。それにグラディオをまた同じ目に合わせるわけにもいかないしな。
「親としては容認できん」
「結論だけ語ってくれ。どういう条件なら俺の異世界留学を認めてくれる?」
「週一。日曜日は必ず帰ってきて生存報告をすること。そのチート能力? ソレは知らんが、とにかく週に一度は顔を見せてくれ」
できるか? ハミルトニアン。
『超余裕だよー』
「っていうかイケメンになったな」
あっはっはーだ。
「ブリリアントカッターだったか? 娘のハルカまで……」
巨乳美少女だしな。ついでに俺たちについてはまだ結論を出していないがハルカはアマプロのスカウトを受けてファッションモデル兼グラビアアイドルになっていた。その場で契約して美少女になったハルカを確保する勤労態度には頭が下がる。
「出来ればお兄ちゃんも所属するように説得してね♪」
と俺にも聞こえるようにハルカにお願いしていたアマプロ社長も肝が太い。
「とにかくお前の三か月間はわかった。異世界召喚か。たしか男子生徒と二人で消えた……とか言ってなかったか」
「ああ、矢佐間ね。放置してきた」
「学友なのだろう?」
「スクールメイトって意味ではな。救う価値はないが」
あのバカのために割くリソースなんて一厘もない。
「で、そちらの三人が異世界の客人……」
「グラディオ、と。レイト様のお父君」
「ジュリアンだぜ」
「ジュリエットと申します」
「つまりそっちの猫耳は」
「本物だ。ライカンスロープっていう獣人の種族らしい」
まさに何をかいわんや、だ。
「納得は……もうちょっと待ってもらって。とにかく息子を救ってもらって感謝の念に絶えません」
「いえ。私の方が」
「そうだな。俺たちが」
「レイト様に救われましたの」
「ウチの愚息が……」
謙遜とはいえ目の前で愚息っていうか?
「な、わけで用事を済ませたら異世界に戻るから。海外留学とでも思って放っておいてくれ。あとハルカがファッションモデルになったから、そっちのフォローよろしく」
「若いころの母さんみたいだな」
「可愛いでしょ?」
ほっぺに人差し指を当ててニコニコ笑顔のハルカ。あの一瞬で美少女化してアマプロに所属したタレントだ。自己肯定感は凄まじいのだろう。気持ちはわかる。俺もイケメン細マッチョになって、心のつかえがとれた気分だ。ほら、やっぱりキモデブの精神って、キモデブのアイデンティティに諦めの言葉を投げかけてなんとか納得させないとやっていけない部分があるし。全面的に自己肯定が出来るって心が軽いんだよな。
「ソレで用事ってのは?」
「ラーメンを食う」
ハミルトニアンが俺を媒介にして豚骨ラーメンを食いたいらしい。グラディオを助けるためとか言いながら、元の異世界ではなく、こっちの現実世界に次元壁フリーを適応させたのがそのためだというんだからツッコミが追いつかない。
「よしわかった。じゃあラーメンを食って、また向こうにだな。ちゃんと週一で帰ってくるんだぞ」
「アマプロへの返事もあるしな」
「ちなみに異世界ってどんな感じだ?」
「王様がいて冒険者がいて金貨とか銀貨で支払いしてダンジョンがあって魔王もいるらしい。もちろん魔術師も存在するし、俺みたいなチートスキル持ちもいるとは聞いてる」
そこら辺どうなんだ?
「私の意識ではそれが普通ですので。むしろ術式を空気に感じられないこっちの世界の方がよほど困惑してしまいます」
まぁそうなるよな。
「どうやって自衛してるんですか? この国の民って……」
「警察が抑止力になってる感じだ。国民そのものには自衛の能力はないが……まぁ逆に言えば人を襲う能力も取り上げられているから、ケースバイケースだな。どっちがいいかは社会論者に聞くしかないが」
物騒な世界で自衛が出来るか。温厚な世界で無抵抗か。日本人としては後者の方が馴染んではいるのだが。
「本当に大丈夫か? なんか話を聞くと不安になるんだが」
「大丈夫だって。チートスキル持ってるから。それにちゃんと帰ってきただろ?」
「それはそうだが」
「スキルマスタリーっていうリソースを拡張するのに三か月かかったから、心配かけたけど、もう俺のスキルではいつでもこっちに帰ってこれるようになったから安心してくれ。週一で帰ってくるよ。一ヶ月音信不通になったら死んだと思ってくれ。とはいえ、こっちで交通事故に遭うよりまだしも難しいがな」
嘘も方便。
「お金とかどうしてるんだ?」
「ドラゴンとかヒュドラとかを倒して白金貨で千六百枚くらい稼いでる。日本円で言うなら十億くらい稼いでるな」
「……マジか?」
「おおマジ」
これは事実。
「なわけで、結構快適な生活はしているよ。ネットが無いのは困りものだがな」
「むぅ」
親としては止めるべきだが、子を思うなら旅させよ。その狭間で父親は揺れていた。




