第33話:妹さんは狐につままれる
「あのー。呼び出された辺根斗というものですが……」
そうして俺の妹がアマプロに顔を出す。三か月ぶりに見る妹の顔は、まぁそりゃ違いが判るほど変わっているわけもなく。脂肪のついた身体。眼鏡。ボブカット。そばかす。以前の俺が女になったらこうなるだろうという外見。ついでに腐女子で夢女子。ウチの家系は辺根斗ローンという消費者金融をしているので自然と敵を作りやすい。もちろん金貸し業は儲かるので親からは甘やかされて、いいもの食って飲んでいるから太るのも必然。その上で債務者から恨まれるので、どうしても空想の世界に救いを求めてしまうのだ。妹のハルカが腐女子かつ夢女子になったのも、まぁある意味では自然の摂理。
「中々個性的な妹さんね……」
最大限言葉を選んだのだろう。気持ちは有難いが、まぁそれで現実が変わるわけもなく。
「それであのー。アニキは?」
「おいーす。俺俺」
詐欺の常套句みたいな一人称の連呼で、そう主張してヒラヒラと手を振る。そうするとハルカは俺を見てパッと顔を赤らめ、そして視線を逸らした。
「あの……ここのタレントさんですか?」
「今のところは違うな」
契約書無いし、ハンコも押してないし。
「えーと……アニキ……辺根斗レイトさんに呼ばれてここに来たんですけど」
「だから俺が呼んだの」
「????」
まぁそうなるよな。
「括目しろ愚妹。俺がお前のお兄ちゃんだ」
「あー、大丈夫ですか? オタクのタレントさんヤバいんじゃあ……」
「辺根斗の御家の事情は分からないけど……」
困ったように頬に手を添えて、それからアマプロの社長が言う。
「我が社の電話を使ってあなたに通話をしたのはこちらのレイトちゃんよ?」
「…………」
現実を認識することに躊躇を覚えているらしい。気持ちはわかる。俺は今日のついさっきまでキモデブだった。
「揶揄われた……ということですか?」
「いや、だから俺が辺根斗レイトなんだって」
「太陽の反対側にカウンターアースがあってもありえません」
まぁそう言うよな。俺がキモデブだったのは事実だし、だがこうしてここにいるのも事実だし。というわけでどうにかこうにか納得してもらわないといけないのだが。
「そちらは?」
「俺が失踪していた先の知り合いだ。ジュリアンとジュリエットとグラディオ」
茶髪で猫耳の親子に銀色の髪の美少女。とは言ってもジュリエットも順転エネルギーで妙齢まで若返っているので、ほぼ姉妹にしか見えないのだが。
「本当にあなたがあたしのアニキだって主張するの?」
「まぁ事実だしな」
「っていうか何でアマプロに?」
「スカウトされて」
「…………………………………………アニキが?」
気持ちはわかる。すっごいわかるぞ。
「というわけで、俺は異世界に行っていて大冒険をして帰ってきたわけだ」
「あの……社長さん……オタクのタレントが……」
すっごい頭の心配をされたが、嘘はついていない。
「しょうがない。荒治療をするか。グラディオ」
「えーと。レイト様の妹さんを超絶美少女にすればいいので?」
まぁそうなるわけだが。ハミルトニアン?
『え、エッチなことですか?』
だから違うっつーの。こっちの世界でブリリアントカッターは有効か?
『大丈夫だよー。魔術じゃないし』
よし。
「グラディオ。たたっきれ」
「承知しました」
いったいこの二人は何を言っているのだろう。社長と野中さん、そして俺の妹が胡乱な目で見ていた。その三人を無視して、アイテムボックスからブリリアントカッターを持ち出すグラディオ。見た目は思いっきり剣だが、まぁ刃物特有の恐ろしさはとても言葉で表現が出来ない。ホラー映画でもここまでじゃないだろう。ギラリと光る刀身の輝き。鋭く研がれた刃先の鋭利さ。切られたら死ぬ。その思いは率直的に正しく。
「ちょちょ! ちょっと待って! 何する気!? っていうかどこから出したの今!?」
社長が慌てる。
「血は流れないので安心してください。あくまでグラディオの聖剣で妹を美少女に変えるだけです。ついでに剣はアイテムボックスから取り出しました。知ってます? アイテムボックス……」
「そりゃ知ってはいるけど……冗談でしょう? 切るって……実の妹を?」
「ですから血は流れません。俺もつい数時間前までコイツと同じ容姿でした。それをそのグラディオが持っている剣でイケメンにカットされたんですよ。同じことを妹にするだけです」
「だから何言ってるのか分かんないんだってば!」
案ずるより産むがやすし。百聞は一見に如かず。
「切っていいぞ。グラディオ」
俺が許可を出す。ハルカは青ざめたままグラディオと、その握られている剣を見つめている。異常事態だと焦っているアマプロの社員は、まぁこの際雑音で。
「切り捨て御免」
事情を説明するにもまずは証拠の提出が先だろう。そうしてブリリアントカッターが宝石を研磨するように、妹のハルカを切った。
「…………は?」
そうして三秒後。様変わりしたハルカに呆然とするアマプロの社長。さっきまでいただらしない身体の腐女子は、今や巨乳で腰の細い安産型の超絶美少女と相成ったわけだから、驚きもするだろう。
「ちなみにお顔はレイト様とちょっと似せました」
一人何が起こったのか分かっていない妹に、俺が言う。
「自分の腹を見てみろ」
巨乳で見えないかもしれないが、触ることはできるだろう。
「え? え? え?」
さっきまでの重い脂肪は消えていて。デブ専用の服がダボダボになっている。なのに胸の大きさだけは変わらず。ほっぺたを触って自分がやせ切ったことを自覚する妹。
「トイレにでも行って今の自分の顔を見てこい」
俺がそう言うと、ドタドタと応接室を飛び出して。
「ふぉぉぉぉおおおおおお!」
妹の声がここまで聞こえてきた。驚きによるものか。喜びによるものか。
「えーと……え?」
「あ、ですから、こちらのグラディオとジュリアンとジュリエットは異世界の出身なんです。ナルニア国物語というかなんというか。魔法めいたこともできる逸材ですね」
意味不明でもこっちに支障はないが、まぁそれはそれとして。隠すことでもない、はず。
大丈夫だよな? ハミルトニアン。
『大丈夫だよー。さすがに社会問題に発展するとマズいけど。そうならないように調整は入るから』
調整?
『異世界には魔術を使うために術式が空間に刻まれているって言ったでしょ。同じようにこっちの世界には魔法が表社会に出ないように検閲作用が発生するの。大規模な魔法が歴史的に確認されていないのは、この世界の検閲官作用のせいだったりして』
良く知ってるな。
『ハミルちゃんはハミルトニアンだからね!』
それはそれで説得力凄いが。




