第31話:フェンリルは網にかかった
「えーと」
呆然としている俺は庵宿区の駅の構内で、頭を働かせて、なんとか状況把握。
「聖女グラディオ」
「はい。なんでしょうか? レイト様」
なんかあっさり様付けされているけど、それよりも。
「アイテムボックスは持ってるか?」
「はい。一応」
「よし。じゃあブリリアントカッターとディレクターズカッターとショートカッターをアイテムボックスに収めろ」
「いい……ですけど……敵が現れると対処できませんが?」
「敵はいないから大丈夫だ。通り魔に襲われる可能性は無いではないが、お前らの世界と違ってここはかなり安全圏」
「そうなんですね。それにしても……」
腰の剣を外してアイテムボックスに収納しながら聖女グラディオは駅の構内を改めて見る。
「凄い人の数ですね。国葬でもあるんですか?」
「いや、これで平常運転」
「…………」
信じられないらしい。まぁヘルメス聖国と植民地のアリフレム王国を合わせても二百万人だからな。
「この国の総人口は一億を超えるから」
「…………」
信じがたいが、ここまで人が密集していると信じざるを得ない、と言ったところだろう。
「ちなみにこの星全体だと八十億を超えるから」
「…………」
さらなる沈黙。
「ちなみに俺の故郷だからそれはそれとして……まずは服装をどうにかせんと……」
三種の聖剣はアイテムボックスに。だが服装がマズい。姫騎士みたいな聖女グラディオはエロゲーヒロインのコスプレで通るが、ジュリアンとジュリエットは獣の革を服に仕立てただけの代物。もちろんわいせつ罪にはならないが、コスプレだと解釈するにしても人を選ぶ。ビーチクが隠れていればいいというものではないのだ。
「ところで、ジュリエットのセルフミラージュが解かれているな?」
指輪をしている限り解けないんじゃなかったか? ハミルトニアン?
『魔術はあくまで向こうの世界の空間に刻まれている術式を励起させて発動させる奇跡だから。術式が空間に刻まれていないこっちでは使えないよ』
なるほど。それにしては俺とお前はこうやって会話してるよな。
『バリアフリーや血在魔法はスキルや魔法。つまり世界の法則を書き換えて作用するから、空間さえあればいくらでも作用できるよー。そもそもハミルちゃんは大日如来みたいなものだから、お兄ちゃんがどの宇宙にいても天啓検閲規律はフリーだよー』
じゃあ猫耳親子の修羅疾患は。
『行使可能だねー』
まぁ現代日本で使う機会があるかと言われると、中々そう言うことも難しいわけだが。さて、この後どうしたものか、と悩んだ。聞くにハミルトニアンはラーメンを味わいたいがために次元壁を超えてこっちに移動したらしいが。ダンジョンから聖女グラディオを連れだすという意味では検証が終わったので、そこは良しとして。問題があるとすると。
「ちょっとそこの君たち! なんて格好してるの……」
こうなるよなー。とは悟れて。駅を巡回しているお巡りさん。久方ぶりに見る深い青色の制服は、俺に元の世界に帰ってきたことを実感させてくれた。同時に面倒とも思っているが。職質するのは警察の皆さんの給料分のお仕事なので、ご苦労様だが。
「えーと…………」
実は異世界から直帰しまして、とかいうと脱法ハーブ疑惑をかけられる。下手な言い訳はしない方がいいが、とはいえ猫耳親子と聖女様はパスポートも住民票も持っていない。つまり立派な違法入国者。
ハミルトニアン。なんとかして。早く異世界に帰ろうぜ。
『やだ。豚骨ラーメンが食べたい』
またの機会にしろー!
「そっちのドレス姿は……コスプレ? ……だとしても猫耳のそっちふたりはちょっと公共的にダメでしょー」
すんません。その猫耳本物です。まぁ動物の革の染め物もしていない服を着ていれば、そりゃ職質もされるわな。最悪の場合、猫耳親子の修羅疾患でどうにか逃亡して貰って……ダメだ。ソーシャルカメラが存在する。とすると打てる手は……。
「こらー!」
俺が頭を悩ませていると、オフィスレディが俺たち目掛けてお叱りの言葉をかけてきた。
「仕事の後はちゃんと着替えてから帰るように言ったでしょう? いくらコスプレ撮影と言っても社会的マナーとして楽屋で着替え直すように脇を酸っぱくして言ったでしょう?」
脇を酸っぱくかよ、というツッコミはしないものとして。見ればスーツ姿の女性は俺に向けてウィンクした。話を合わせろということか。
「あ、えーと、すんません。三人とも衣装が気に入ったみたいで……」
「ウチのタレントが申し訳ありません。お巡りさん。お叱りの言葉は是非とも弊社に……」
とお巡りさんに名刺を差し出し、「こちらが事務所の番号です」とだけ言って平謝り。
「ああ、まぁ、そういうことなら……」
と二人一組の警察のお方は去っていった。ちなみにその場で疑って事務所に電話されたらどうするつもりだったのだろう?
「っていうか……」
と、スーツ姿の女性。目をキラキラさせていた。
「アナタたち! 何者!?」
何者と言われてもな。俺は日本人。後の三人は……その。
「とりあえず服を着替えない? そのままじゃマズいでしょ?」
そうなんですけど。金が無い。金貨とか白金貨はアイテムボックスに入っているが、さすがに日本銀行券と等価交換は無理だろう。
「任せて! 私が奢ってあげるわ!」
そう言って庵宿駅の大通りへと俺たちを連れだして、ブランドファッション店に連れて行った。いや、金無いんすけど。
「大丈夫よ。領収書切るから。好きな服選んでね。お構いなく」
ヒラヒラ―と善意の笑顔で手を振って。そのままスーツの女性はスマホに手をかける。
「社長! フェンリルは網にかかった! 繰り返す! フェンリルは網にかかった!」
何の暗号だ。真珠湾でも攻撃するのか。
「ええ。ええ。わかりました。必ずや社長のご期待に!」
「えーと?」
「あ、すみません。ちょっと四人とも異次元すぎて意識がぶっ飛んでました。これから用事とかありますか?」
あるかと言われると、はてさてどうだろう。聖女グラディオ的には一刻も早くヘルメス聖国に戻りたいんだろうけど。
「お願いします! 服を奢る代わりに社長に会ってくれませんか!?」
パンと、初詣でもないのに神頼みみたいなノリで、俺に言ってくる女性。
「さっきのやり取りからすると……タレント事務所ですよね?」
「はい。ファッションモデルとグラビアアイドルを主に取り扱っている事務所でして。スターダストって雑誌知りません?」
「超大手じゃん」
芸能に疎い俺でも知ってるファッション雑誌だった。
「そこでスカウトやっていまして……。三人ともすっごくお若くて顔がいいので声をかけさせてもらいました。恩を売るのは心苦しいのですが、これも社訓! どうにか社長に面会してもらいたく~!」
モデルって言われても。
「でも。俺キモデブのブタ野郎ですよ?」
「は? またまたー。そんなどこの事務所も放っておかないイケメンなんですから~」
あ、そうか。聖女グラディオのブリリアントカッターでイケメンになったんだっけ。




