第3話:魔力Eランク
『チェックメイト』
ああ、くそ。やられた。こっちの理解力相応の難易度でチェスをしていたハミルは、しかし難易度こそ設定しても手加減はしなかった。っていうかなんで俺は脳内でチェスをしているんだ?
『お兄ちゃんのスキルマスタリーを拡張するため♪』
ルン、とでも聞こえてきそうな萌えボイスでハミルがそう言う。あの後。つまり異世界召喚された後、いきなり地下牢にぶち込まれて、そのまま一日経った。まだボコボコにされた矢佐間の暴力の影響は抜けきっておらず。粗末な飯だけ朝と夕に与えられ、栄養失調はともあれデブである俺には餓死の心配が先にある。デブは一食抜くと餓死すると、とある吸血鬼マンガでも言っていた。流石にアレはブラックジョークだが、俺の食欲は業が深いのも事実で。そうして地下牢で何をするでもなく。ただ俺は脳内の妹とチェスをする毎日。
『ハミルちゃんはねぇ。ハミルトニアンって言うんだよ』
声だけが俺の脳内に響く。その不思議な現象を前に、ついに狂ったかと思ったが。
『違う違う。お兄ちゃんのスキルのおかげ』
喜色の声でハミルトニアンはそう言ってきた。ハミルトニアン。まぁ科学を知っていれば誰でも一度は聞く言葉だ。要するに位置エネルギーと運動エネルギーの両方を観測し、対象の動きを測定する。ハミルトニアンはそれを宇宙規模で展開し、まぁ言ってしまえば宇宙の説明書のようなものだ。全知全能と言ってもいいかもしれないが、ハミルトニアンと自称するなら神とはまた別の異質な高位存在なのだろう。
で、ハミルトニアン?
『え、エッチなことですか?』
違います。俺のスキルのおかげってのは?
『お兄ちゃんのスキル。アンノウンスキルでバリアフリーっていうんだけど』
それは知ってる。アンノウンスキルって奴はわからないが、俺がスキルを所持して、それがバリアフリーであるのは察している。
『ハミルトニアンは宇宙の設計図。一つの全知全能。けれど、それが故に天啓検閲規律と呼ばれるシステムに邪魔されて、人との接触を断たれているんだよ』
じゃあ何で俺とは普通に話せるんだ? 別段大仰なことをしているつもりもないが。
『だから規律フリーの効果だよー。お兄ちゃんのバリアフリーで天啓検閲規律を無視して常時ハミルちゃんと会話できるの』
つまり俺は天啓能力を手に入れた、と?
『そういうことになるのかな?』
それで地下牢にぶち込まれれば何の役にも立たないと思うが。
『じゃあもう一局チェスしよ』
他にすることもないしな。と思っていると、地下牢に客が来た。
「よう。デブリアン」
ニヤニヤと腐臭のする笑みを浮かべる矢佐間。ついでにその隣で嘲弄を浮かべている王女様。名前は確か……。
『ルシア・フェイクリスト』
そんなんだったっけ? ハミルトニアンの言うことだから間違いはないのだろうが。
「何しに来たんだ?」
「ああ。ほら。俺様って勇者に選ばれただろ?」
まぁ否定はしない。
「ついでにお前もその召喚に巻き込まれた。だから魔力をチェックしたいんだとよ。まぁ俺様より上なんてありえないんだろうけどな」
「ではレイト。この水晶玉に触れてください」
その前に牢から出せよと思ったが、言っても詮方無きか。鉄格子から手を伸ばして水晶玉に触れる。水晶玉の中央がぼんやりと光って終わる。
「?」
「間違いありません。このデブリアンの魔力はEランクですわ」
なんか不名誉なことを言われた気がする。
「ぷっ」
そうして王女様の隣で事の推移を見ていた矢佐間が吹き出した。
「魔力Eランク!? 傑作だ! 道化もいいところだな! ええ? デブリアン!?」
「こんなクズが勇者様の召還に付随してくるなんて。ゴミ処理する身にもなって欲しいですわ。ちなみに異世界を渡った時に得たスキルは何ですの?」
「えーと」
『お兄ちゃんお兄ちゃん。馬鹿正直に言ってはいけません。ここはピッキングと自己申告してね』
なんで?
『アンノウンスキルは数あるスキルの中で番外位。バレたら骨までしゃぶられるよ?』
レアスキルって事か?
『ノーマル級。ヒーロー級。レジェンド級。どれにも記録されていない未知のスキル。それがアンノウン級だから』
まぁたしかにコイツ等に馬鹿正直に答える必要もないか。
「ほら、言えよ。お前のスキルは?」
「ピッキング」
ここはハミルトニアンに従おう。
「ピッキングって鍵を開けるアレか? なぁルシア。それって何級だ?」
「ノーマル級のスキルですわ。既に幾らか確認されている論じるまでもない凡庸」
「ぶはっ! 魔力Eランクでノーマルスキル? さすがだなデブリアン。どんだけ笑わせてくれるんだよ! お前みたいな役立たずはある意味で国宝級だな!」
「勇者様。こんなデブリアンはこの国に必要ありませんわ」
「だよなー。だから言ったろ。魔力測定するまでも無いって」
好き勝手言ってくれるな。
「ちなみに俺様はヒーロースキルだぜ? 千剣適合。あらゆる剣を操れる最強スキルだ。ついでに王族が持っていた聖剣アイアンカッターも抜けたほどだ。鉄すら切れる斬鉄剣を自在に操れるんだぞ?」
へー。すごいですね。
「じゃ、後は俺様が言った通りにな」
「ええ。勇者様。このデブリアンは公開処刑にしますわ」
公開処刑? なぁハミルトニアン。
『え、エッチなことですか?』
いや。公開処刑って……?
『処刑を公開するのでは?』
そんな反射神経で答えられる質問でなくてな?
「三日後だ。三日後お前は公開処刑される。良かったな? 生きていてもしょうがないデブリアンの人生に俺様がピリオドを打ってやるぞ。感謝して死ねよ?」
ああ、コイツには日本語が通じない。それがわかっただけでも収穫だ。しかし公開処刑ねぇ。裁判も無しにそう言うことって許されるのか?
『王族は無茶しますから』
そういう問題でもないような。
『大丈夫ですよ。とりあえず二日ほどハミルちゃんとチェスを打ちましょう。スキルマスタリーを拡張するにはそれが一番です』
スキルマスタリーってのは?
『スキルの習熟度ですね。バリアフリーはアンノウンスキルですけど、今お兄ちゃんはバリアフリーのリソースを全部、天啓検閲規律フリーに振ってますから。スキルを拡張して、別のことにバリアフリーを適応させるにはバリアフリーをフルに使って熟練度を上げることが必要なんです。要するにレベルアップ。レベルは設定されていませんが』
そうすればなんとかなるのか?
『とりあえず拘束フリーと移動障害フリーを習得しましょう。そうすればこの地下牢も抜け出せるし、好き勝手出来ますよ』
なるほど。拘束も移動に伴う障害もバリアの概念に含まれるのか。ただ今はスキルのリソースをハミルトニアンに全振りしているから使えないだけで。公開処刑は三日後。つまりあと二日でバリアフリーを発展させる必要があるわけだ。
「デブリアン。楽しみにしてろよ? ちゃんとお前の首が落ちるところを見てやるからな」
悪意満点の笑みで矢佐間は俺にそう言った。




