第29話:初めてのチュー
「ふっ!」
視界切りが来る。それをバリアフリーで無かったことにして一歩一歩聖女へと近づく。
グラビティプリズンは機能してるんだよな?
『そのはずだけどねー』
あっさりとそれを無効化しているだけで空恐ろしさを感じずにはいられない。
「――――――――」
次々と視界切りが襲い来る。だがそれを無効化し、今度はこっちの番。
「エレクトキシン」
脚の筋肉を痙攣させる。だがそれも一瞬のこと。聖女は瞬く間に復帰した。
「レイト様! 少し攻撃していいですか?」
「構いはせんが」
ジュリアンとしても状況の打開に必要と感じたのだろう。俺から言えることはそう無い。
「ただし事象の改変には気を付けろよ。場合によってはバリアフリーを突破するかも」
「うっす」
そうして修羅疾患を発動。吠え狂ってジュリアンが聖女に襲い掛かる。視界切りも発せられたが、それは俺が無効化する。
「恣意ッ!」
あっさりと聖女を蹴り飛ばそうとするジュリアン。だがその蹴りが聖女に触れた瞬間。
「???」
何かブレるように聖女の映像が混乱し、次の瞬間ジュリアンの蹴りがすり抜けた。まるでその蹴りそのものが当たらないという言う風に。同時に視界切りとは別のもう一つの剣が振るわれる。
『お兄ちゃん! 全力でエレクトキシン!』
おう。どうせ死ぬことはないだろうというよく考えると酷い理論で。俺は聖女にエレクトキシンをかける。一瞬のブレ。その一瞬で地を蹴ってジュリアンは脱出する。
「ふう」
そんなわけで、またジュリアンは歩き出して移動障害フリーを適応させる。
「攻撃も防御も最高レベルって、どんなチートだよ……」
避けようのない視界切り。事象を改変する何か。おそらくだがあの二刀流の剣に秘密があるのだろう。
「とは言えだ」
「――――――――」
荒れ狂うように視界切りを連発してくる聖女を見ると、コレを正気に戻すには、どうしても難しいと言わざるを得ず。
「さーて。どうしたものか」
『スキルマスタリーの拡張からリソースを消費するよー。事象改変の攻撃を移動障害に適応して、お兄ちゃんが移動してる場合に限り、あの事象改変を無効化するからね』
ハミルトニアンは何でもありだな。だが助かった面もある。これであの不条理を攻撃としては意味を無くせる。後はこっちの攻撃が通じないことだが、それはまぁ関係ないしな。
「聖女様! 正気を取り戻し下さい!」
「聖女様。どうか我々の願いを聞いてください」
ジュリアンとジュリエットが聖女に語り掛ける。それがどれだけの意味を持つのかも、俺は知らないのだが。俺はまっすぐ聖女に向かって歩いた。すでにコンキスタドームの領域内。俺は相手の初動が読める。
「聖女。正気に戻ることは不可能か?」
「――――――――」
ズバンッ! と視界切りが俺を襲う。もちろんスルー。とはいえだ。相手はダンジョンの最深部のボス。モンスターの分類に入れていいのかは議論の余地があるが。
「聖女様!」
「聖女様……」
ジュリアンとジュリエットも語り掛けるが効果はない。とすると、あとできるのは。
『お兄ちゃん!』
はいはい?
『こうなったら最終手段』
なにかナイスアイデアがあるのか?
『――――――――』
うーん。ハミルトニアンに提案されたアイデアは、まぁ理屈としてはわからんじゃないが。それってどっちかてーと御伽噺のソレだろう?
『だからいいんじゃないだよー』
っていうかこんなキモデブがいいのか?
『ダイジョーブ。科学の進歩には犠牲が付き物デース』
お前がそのネタ使うとすっげー胡散臭いんだが。
「とにかくやるしかないんだよー」
それも事実ではあるんだが。
「聖女様!」
修羅疾患により怪力で聖女を押さえつけるジュリアン。
「目を覚ましてください! 聖女様!」
その言葉にどれだけの説得力が加味されたのだろう。押さえつけていた怪力を事象の改変ですり抜けて、視界切りではないもう一つの聖剣でジュリアンを切ろうとする。
「足を止めるな!」
俺が渇を入れる。それで前提条件を思い出したジュリアンが止めていた足を動かし始める。間一髪。その移動障害フリーによって事なきを得る。事象の改変とバリアフリー。どっちが優先されるか危うかったが、とりあえずはバリアフリーが優先させた。ハミルトニアンが俺のスキルマスタリーを拡張して対処したのだから当たり前っちゃ当たり前なんだが。
「来るな! 来るな!」
視界切りの方が俺たちに向かって振るわれる。俺たちも歩行で移動しながらそれを回避する。とにかく今は時間を稼ぐより他に無く。聖女に語りかけるジュリアンとジュリエットも、血を吐くような思いだろう。ここに聖女様がいるのだ。アリフレム王国にとっての希望の星が。ここで聖女を確保できなかったら、ここから先ずっとアリフレム王国はヘルメス聖国の植民地として夢も希望もない国となってしまう。
「聖女グラディオ・トリスメギストス……」
マジでやるのか? 俺が? 聖女に?
「お前らなんかに……私の力を渡してたまるか!」
「えーと」
何を言っているのか。力を渡す。つまりダンジョンマスターを倒すと、その能力が得られるのか? で、矢佐間はこのダンジョンの魔王を討伐しようとしていた。つまりそれは聖女の力を手に入れようと?
なぁハミルトニアン。
『やっちまうんです! それしか道は無いよー』
と、言われても。キモデブクソザコナメクジの俺にそんなことされて喜ぶ聖女がいるかって話で。
『まぁまぁ。こういうのはショック療法だからさー』
まさに他人事と言っても過言ではない。ズバンッ! ズバンッ! ズバンッ! と視界切りが襲い来るが、やっぱり俺にはあまり意味がなく。
「さて、そーすっと」
『ここだぁ!』
俺が困惑しながら聖女に向かって歩いていると、綺麗な平面の磨かれた床で転んで、そのまま聖女に向かってバランスを崩した。足につっかえるモノなんて無かったはずなのに。あとで聞くとハミルトニアンが足元にバリアリブルを展開して俺をこけさせたらしい。
「わ、と、と、と……っん」
で、こけた俺はそのまま肉体のオートバランサーで姿勢を正そうとし、しかしデブの運動能力ゼロがそう簡単に体勢を正すことも出来ず。気付けば目の前に聖女様が。その聖女様が剣を振るうが俺をすり抜けて。そうしてハミルトニアンの謀略通り……というと癪だが。俺は勢いのまま聖女にキスをしていた。俺はジュリエットと情事をしているので初めてではないが、聖女様も不老不死と聞いていたし……キスの一つくらい……。
「い……や……あ……あ………………………………変態!」
と思ったら、赤面した聖女様が俺に渾身のビンタをくらわせた。生きるって大変だな。




