第18話:勇者の敗走【矢佐間ユウシ視点】
「そこそこ気合入れないとな」
ガチパーティーを組んで、俺様はダンジョン攻略に乗り出していた。今回は女はいない。花の一つもないと気合が入らないという俺様に、ダンジョンの深層で死亡させるのはあまりに忍びない、という理由で低ランク女冒険者を連れていくことを禁止されたのだ。ギルドにはギルドのルールがあり、それは国とは別に動いているので勇者の俺でも無理は通せなかった。そうして八十階層のボスフロア。あと二十階層を降りれば魔王が待つダンジョンマスターフロアだ。待ってろよ魔王。俺様が優雅な生活をするためにお前を討伐してやるからな。そう思っていると、ボスフロアにドラゴンが現れた。それも黒い鱗の。
「黒竜? いや、あれはアークドラゴンか?」
戦慄しているパーティーメンバー。七十階層まで潜ったことのあるパーティーだと聞いている。つまりBランク相当。さすがにアークドラゴンを見たことは無いらしい。ま、俺様も無いけど。っていうか一番最初の探索で途中休憩ありとはいえ八十階層まで潜れる俺様って何? 凄過ぎね? 聖剣アイアンカッターを握って、アークドラゴンに斬りかかる。
「射ぁ!」
俺様が振るった剣。それはアークドラゴンの鱗とぶつかって。
「っ!?」
弾かれた。
は?
斬鉄剣アイアンカッターだぞ? これで切り裂けないものはないと言われている聖剣だぞ? なんでアークドラゴンの防御に負けるんだ?
「勇者様ぁ! アークドラゴンの鱗は鉄より硬いんでさぁ!」
な、なんだよそれ! 聞いてねえぞ! 鉄より硬いモンスターとかありか!? それじゃ俺様の剣は通用しないって事じゃないか。いや、まだだ。まだ魔術がある。
「バーストフレア!」
Aランク魔術を起動。炎がアークドラゴンを襲う。だがこれも通用しない。
「アイシクルランチャー!」
氷の散弾。これも効果なし。いや、まて。相手はモンスターとはいえ生物。ならば。
「ライトニングボルト!」
電撃系の攻撃ならどうだ!?
そう思っていると、
「IIIIII!」
苦しむようにアークドラゴンが吠えた。よし効いた! あとは全員で雷魔術を浴びせれば……。
「無理です」
「無理だ」
「無理でさぁ」
パーティーメンバーは誰もライトニングボルトを使えないらしい。そもそも魔力がAランクじゃないので、使用には長い詠唱を必要とする……とのことだった。
「じゃあ敵のタゲを取っておけ」
そうして四人がアークドラゴンを囲って、タゲを取る。その四人の陰に隠れながら俺様はライトニングボルトを唱え続ける。ダメージの蓄積はあった、はずだ。だがそれもどれくらいかがわからない、と思っていると今度はこっちの魔術出力が目に見えて落ちていた。
「魔力切れでさぁ! どうしやす!? 勇者様!」
どうするって……ここで逃げるとか勇者じゃねーだろ! 俺様は誰にも負けねぇ!
「とにかく攻撃だ。意地でもコイツを倒すぞ!」
魔力を失っても、聖剣がある。さっきのは何かの間違いだ。俺様の聖剣がアークドラゴンに敵わないわけ……ッッッ。と思って振るうも、やはりアークドラゴンの鱗は聖剣を弾いた。
「クソが! こんなことあっていいはずがねぇ! 俺様は最強なんだ! 最強なんだよ!」
誰も俺様の栄光の邪魔をするな。アークドラゴン。お前は魔王の前の前座だろ? だったら俺様に道を譲れ!
「はぁぁぁぁ!」
次々と斬撃を入れる。だが鱗には傷一つつかない。目ならワンチャン、と思ったが、ブレスが怖くて狙えねぇ。そう思っていると。
「GOGYAA!」
アークドラゴンがブレスを放った。炎のソレだ。高熱で炙られた空間が蜃気楼を作る。そうしてタゲを取っていた一人が巻き込まれて、そのまま盾を構えて受け止める……はずだったが。
「――――――――」
盾と鎧が焼け解けて、肉体が焦げ付いて、嫌な臭いがする。俺様のパーティーの一人が焼死した瞬間だった。
「……………………は?」
俺様はとっさに現実を認識できなかった。人が死んだ? 死んだのか? 俺様の仲間が? アークドラゴンによって?
異世界。勇者。魔王。ダンジョン。それらをゲームのロールプレイだと思っていた俺様に、厳然として突きつけられる死の事実。もう焼かれたメンバーは動くことはない。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。
現実をまともに認識した結果。
「う……ッ……げえぇ!」
胃が逆流し、胃液が口から吐き出された。嘔吐。あまりの嫌悪感に、ゲロを吐いてしまった。そんな俺様を嘲笑うように、アークドラゴンはブレスを吐く。今度は奔流のような炎ではなかった。定規で直線を引いたようなレーザーブレス。それでパーティーメンバーの上半身と下半身が泣き別れ。
「う……おぇ……げぇえ!」
立て続けに起きる不幸に、俺様のストレスがマックスまで高まり今日食べたものを全部吐き出す。
「勇者様! 逃げやしょう! コイツは無理だ!」
「いや……ぅぉ……だが……」
嘔吐感でえずきながら俺様が反論しようとするが、既に残り二人は俺様を連れて逃げようとする。待ってくれ。俺様は選ばれた勇者だ。それが敗走するなんて無様を晒すのは……。そう思っていた瞬間。さっきと同じレーザーブレスがピンポイントにメンバーの一人の心臓を撃ち抜き、殺してみせた。
「ひぇあああああ!」
そのことで混乱した最後の一人はもはや俺様さえ見捨てて逃げ出し、その俺様も、背中を押すような恐怖で逃げ出していた。ボスフロアは勝てないと思ったら逃げ出すことができるようになっている。その扉を開けて逃げ出したメンバーを追いすがり、俺様も逃げる。この日、勇者パーティーは八十階層のボス……アークドラゴンに潰され、敗走……どころか潰走することになった。
「おぇ……げぇ……」
ボスフロアを脱した瞬間、アイテムを使って地上へと帰還し、だが嘔吐感が収まることがない。俺様が初めて見た肢体が鮮烈に網膜に焼き付いて、それがトラウマとなり胃液が逆流している。
「あーあー。やっぱそうなったか」
わかっていた、とばかりにギルドの冒険者が嘲笑う。
「調子よく深層まで潜れる実力の初心者はアークドラゴンに天狗の鼻を折られてトラウマになるんだよなー」
五年に一人くらいそういうやつ出るよなー、と俺様を笑いながら酒を飲む冒険者たち。まるで俺様がアークドラゴンに負けることを予期していたように。侮辱された気がした。俺様の信用が失墜したように感じた。
「お……げぇ……」
とにかく今は何も考えたくない。酒だ。酒が欲しい。アルコールを体内に入れないと。
「ぶはっ! 勇者様の聖剣でも無理だったかー。まぁわかっちゃいたがな」
「だよなー。斬鉄剣? わらっちまうぜ」
コイツ等……あとで地獄を見せてやる。だがそれより先に、アルコールを。網膜に映っている焼死体を消さないと。鮮やかに目に映り込んでいる焼死体が、俺様にとっては何よりの呪いで。くそ! こんなはずじゃない。俺様は勇者だ。俺様は世界を救うんだ。ダンジョンに巣くう魔王を倒すんだよ。そうだ。俺様の責任じゃない。あの駄剣がダメだったんだ。何が斬鉄剣だ。アークドラゴンの鱗を斬れる剣を持ってこい。後で王族に文句を言いに行ってやる! だがまずは酒だ。アルコールを入れないとどうにかなってしまう!




