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弐拾伍 梓弓

本日もよろしくお願いします。

ラストスパートですが、実はまだ3分の2が過ぎたあたりです。

ここから視点があっちこっちします。


泣いて、目が覚めた。


自分が死ぬ夢は吉だと言う。しかし、あの夢が吉を示しているとは思えない。無念と、執着と、怨嗟(えんさ)が込められていた。


「……お姉ちゃん?」


蒼葉は、夢から醒めて、そしてすぐ現実を直視した。


「お姉ちゃん」


呼吸が浅くなる。

自分が自分ではないような、この状況を遠くから見ているような気がする。


隣には、布団すらもない。明らかな、この場を立った跡だ。

用意したおむすびは、四つの内二つが残っている。


「お姉ちゃん!」


幾つもの手が空を切る。

蒼葉は飛び出した。

行く場所など一つしかなかった。


「蒼葉!」

「おねっ」


第一声は、奉行所の出入り口にいた燐火の手に封じられた。


かれこれ、琴葉がここを訪れてからすぐのことだった。


零葉が意識を失ってしまい、あたふたして、ようやく燐火が出発しようとしたときのことだった。


「……琴葉は行ったわ。今はもう空よ」


燐火の瞳は、純粋な友への心配を映している。


「なら追いかける!」


口に置かれていた手をやや乱雑に振り払い、蒼葉は必死に叫ぶ。


「お姉ちゃん、私がいないと、私がいなきゃいけないから……!」


どこか歪み始めていた姉妹の均衡に、拍車をかけるように、物語は動き出していく。


「蒼葉様、少し落ち着いて、まずは深呼吸しましょう」


騒ぎを聞きつけ、零葉の元から来た千代が、蒼葉の背中をとんとんと優しく叩く。


「蒼葉、追いかけるにしても、まずは状況を整理しなきゃ……」


燐火が肩を掴んで耳打ちしたのに関わらず、蒼葉は凄い力で振り切り、道を行こうとする。


「ちょ、ちょっと!」


こうなったら後を追うしかない。


「ごめんなさい千代さん、行ってきます!」


千代が呆然としながら零葉の元に帰ると。


布団の上は、空になっていた。


― ― ―


「気にかけてあげてください、燐火様」


それは、蒼葉の記憶を読んだ千代から聞かされたことだった。


虎の葉怪探しへ出ている人員以外を集め、二人や零葉についての情報を共有する集会が終わってすぐのことだ。


燐火は千代に呼び止められ、そう言われたのだった。


「詳しくは話せませんが……お二方は、沢山のことを経験して、ここに辿り着かれました。傷を負い、それを癒したと思いきや、新たな傷で塗り返され……でも、誰かを助けようとする思いでこの場に立ち続けています。報われて良い方だと思います。私にはできないことが、あの子たちに近い燐火様にはできます」


千代は元遊女で、加入自体は最近だ。しかし、燈火とそれなりに交流のある顔見知り。


蒼葉は、燈火と同じく金烏玉兎の千代とは、存在している場所が違うと感じていた。

燈火以外の案件で話しかけられたのはこれが初めてで、燐火は寝耳に水だった。


「……そんなに言われなくとも、私はお姉さんだから、琴葉にも蒼葉にも協力するわ。同じ草葉師として、仕事も一緒に受けてみたいし、巴とも遊んでみたいし。でも、助けることはできない……というか、分からないわ。千代さんみたいに全てが読めるというわけでもない。助けるなんて仰々しいこと、まだまだ見習いの私にはできない。そういうのは、玉藻さんとか、それこそ千代さんの方が向いていると思うし……」

「いいえ、それは違います。燐火さんには、お二人を助けてほしいというわけではないのです。味方であってほしいのです。どんなときでも、決して裏切らず、二人のためを思って行動してほしい、それだけのことです……お願いできますか?」


どこか妖艶で、でも清楚な千代の言葉は、聞く人の心を掴み、読み、縛り、導く。


「私は魔性の女ですよ。生まれてから百年……若の葉怪で若返り、幾つもの人を誑かして、騙して、ここに漂着しました。あのお二人の元には、いてはいけないのです」

「そんな、千代さん、自分を卑下しないで」

「ありがとうございます。その優しさがあるなら大丈夫ですよ。照葉屋、千代の名において、燐火さんに頼みます」


あのとき燐火は、面食らいながらも、はいと言った。


本当に、燐火は、二人の姉になった。


― ― ―


「琴葉には、おはねがついてる! 何かあれば連絡が来るわ!」


蒼葉の走力は、琴葉、燐火の足元にも及ばない。

あっという間に、二人は横並びになる。


「……でも」

「分かってる! 貴女はそこで諦めるような奴じゃないってこと、分かってるわ! これは忠告よ! こんな勝手なことしたら、燈火さんが容赦しないわ……あの人は無駄なことを嫌うから、きっと私も貴女も叱られる! 戻るなら今よ!」

「戻る、わけ……ないっ!」


息が切れそうになりながらも、蒼葉は走る。


「……そう言うと思った! よし、どうせなら一蓮托生! 一緒に家出しましょう!」


決して裏切らず、二人のためを思って行動する。

それができているかを確認する余裕は、燐火には無かった。


けれど、これだけは分かる。二人を引き離しても、ろくなことにならないということは。


「犬!」


燐火は犬に飛び乗った。この犬は双樹(そうじゅ)という名前で、燐火の数少ない自分で捕った葉怪だ。

足は兎より劣るが、戦闘能力は素晴らしい。


「貴女も神南を出しなさい! そっちの方が速いわ!」

「分かった、兎!」


大きな大きな兎に、それと同じ大きさの犬が、揃いも揃って女子(おなご)を乗せている。

鳥獣戯画でも見ない景色。


「本当に良いのね? いくら速いとは言っても、竜とは比べ物にならないわ!」

「でも、こうするしかないし!」

「あーもう! 分かった、私は貴女の面倒を見る。お姉さんだからね!」

「私のお姉ちゃんはお姉ちゃんだけだよ」

「口を閉じなさい、舌を噛むでしょ!」

「それ燐火にも言えるんじゃないの」

「むきっー!」


蒼葉は、姉が不在だと口が悪かった。

相性は不安だが、目的は変わらない。


今はただ、走るだけ。


― ― ―


時は、少し前に遡る。


「増援に来たぞ!」

「では、もう少し広範囲で探しましょう。いちいち立ち止まっている暇は在りませんよ」

「本当に嫌味な奴……」

「常盤さん、そういうこと言うと、首、刎ねられちゃいますよ」


草葉の影を追う、荒野と燈火を筆頭とした十名の元に、援軍が到着した。

夕食を食べ終えた三名、利乙、常盤、弓弦。

皆の中には、金烏玉兎ではない、有志の面々も多い。


「敵は必ずいます。ここだけ、怪しい情報が〝全く〟見つからないのですから。それだけ、隠れるのに適していると言えます。早く見つけ……っ!」


長屋の塀に囲まれたこの場は入り組んでいて、あちら側にも有利だった。

先手必勝とばかりに、燈火の鼻につんざくような焦げた匂いが届いた。


「ただの小火……というわけではないみたいですけど。どうします? 影のものと思われますが」

「弓弦、多分陽動だ。俺と弓弦、利乙さんで火を片付けてくるさ。何かあったらすぐに連絡するよ」


この中で屈指の常識人である荒野と、まだ十六の弓弦、もう草葉師を引退した利乙が火へ向かう。


遅れて悲鳴が響き、鐘の音が矢継ぎ早に聞こえてくる。


寝静まっていた人々が起きて、野次馬が集まってくる前に、他の皆は火から離れた場所を探す。


事態は混沌を極め始めている。


― ― ―


江戸の郊外に出て、田を駆ける二匹と二人。ここ、見晴らしの良い場所で宙を見上げると、遥か前方に大きな鳥がいるのが分かる。もちろん鳥ではない。竜だ。


「双樹、神南、そのまま森に! 一か八か、賭けてみましょ!」


このままでは、琴葉との距離は引き離されていくばかり。

そこで、ふと思いついた作戦を、燐火は試してみることにした。


「ねえ何? 何するの?」

「黙らっしゃい! 葉怪を捕るのよ!」

「はぁ?」

「だーかーら! 羽とか鳥とか、長時間空を飛べる奴に遭遇したら、儲けもんってこと! そんなに距離が変わるわけでもなし、良いでしょ!」


すぐそこには森という状況下でのこと。この森は、燐火が遠征で入るはずの森だった。


ここで葉怪を捕れば、遠征にわざわざ行く必要も無いのでは、という下心も、一応あった。もちろんそれだけではないが。


「とはいっても、そんな都合良く出てきてくれる訳……」

「あるのよ、それがね!」


燐火は自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。


「ちょっと止まって。そう時間はかけないから」


燐火は双樹から降りる。

七方八方を木に囲まれ、少し凸形になった場所、そこを祭壇にでもするように、歌い出した。


自分の望みと自分の歌を、言万守姫が聞き届けてくれることを願って。

葉替えの替え歌を。


神南備(かんなび)よ。

山祇(やまつみ)よ。

今ご加護を。

千五百秋(ちいほあき)の時を超え。

この度いかなるものあれど。

天翔ける翼の欲しきこと久しけれ。

現世(うつしよ)全て神髄(かむながら)

我は草葉の陰潜む。

木霊(こだま)全てに祈りを捧げん。

紅葉(もみ)ず今こそ祈りを捧げん」


そのとき確かに、森は変わった。


(みどり)から(そほ)へ。


麹塵(きじん)から梔子(くちなし)色へ。


森の全てが紅葉した。


普通紅葉しない葉も、すでに落ち葉と化した葉も、挙句の果てに草さえも染まっている。


「もしかして、これが葉替え? 欲しい葉怪が出てくるって言う……」


燐火は、小刀を抜いた。


「ええ、そうよ。貴女は下がってなさい。大丈夫、必ず手に入れる――この私が、捕まえてやるから」


犬、牛、亀、鹿、虫、鼠。燕と魚を除いたこれが、燐火の現在出せる最大火力。


燐火は感覚を研ぎ澄ますように、耳も目も、思考さえも閉じて周囲を探る。


徒世がそうであったように、草葉師は皆、怪奇ほどではないが葉怪の気配を察知できた。

燐火もまた、見習いで実戦経験は少ないものの、その能力を持ち合わせている。


「いた」


右斜め上方向、上空に飛来――相棒たちは、燐火が何を言わずとも全てを理解する。


一斉に飛び掛かる。葉を食い破るような、荒々しくも神々しいその勢いで。


「羽、ね」


木の中から上空に飛び立った、その卯花(うのはな)色。


支える物すら無くした、簡潔な在り様。


一対の羽の中心には、森の中で唯一緑を保つ、葉怪の核がある。


羽の葉怪は、一瞬、見惚れてしまいそうになるほどの、神々しさを放っている。


どうしようかしらと、燐火は頭を絞った。


核は大概が空中に浮いているため、草葉師は跳躍力に優れている者が多い。

これまた燐火も例外ではなく、地べたから二階に届く、人並外れた跳躍ができた。


しかし、羽はそれ以上の場所にいる。網が核に届くか怪しい。


ならば、羽ごとこちらに引き寄せるまで。


「来なさい、相手してやるわ」


― ― ―


「ここからは速度の問題かなぁ? 全く、追ってたこっちが逃げることになるとは思わなかったよ。ね、葉月ちゃん」


月が昇っている。


まだ、琴葉と蒼葉が、眠りの渦中にあるとき。


獣は虎と同じ速さで、野山を駆けていた。人間沙汰ではなかった。


虎の上には、葉月が乗っている。


獣と獣の間には、柏の木が乱立している。


「ああ、君はさっきからずっと逃げてたんだっけ。可愛そうだね、どちらへ行っても君の自由は無いんだ。ま、狂利様から君はさっさと始末するように命が出てるから、こちらに遊ぶ暇は無いんだけど。ね、気分、どう? 裏切り物さん」

「……よく、喋る、んだね」

「葉月ちゃんが無口なだけだよ。あ、違うか。何だっけ【(こがらし)】だっけ。どもっちゃってさ、苦しそうだね。お勤めご苦労様。全く凄いな、葉月ちゃんは。竜すら作れちゃうその才能、とぉっても、羨まし~!」


竹越しに、斧が一本投げられる。


葉月は咄嗟に体勢を前にして避けた。


斧が地面にぐさりと刺さる。


――耐えろ。


耐えれば自分の勝ちだと、葉月は言い聞かせた。

言い聞かせるだけで終わった。


暁降(あかときくた)ちまで踊ろう? 協力しようよ、後ろの子、一緒に叩きのめしちゃおう? すぐに終わるよ……あの子たち、みーんな殺してくれたら、この忠臣である不帰ちゃんが、狂利様に良く言ってあげるけど?」


獣は嘲笑う。葉月は、可とも否とも言わなかった。ただ、まなじりを決した。


「密告、する!」


もう良い。もう全て諦めよう。

諦めるから、自分の未来は捨てるから、仇を討ちたい。


「横の、こいつ、は、影! 私、と、一緒に、生け捕り、に、しようっ!」


全ては、光に委ねられた。二刻前の事である。

誤字脱字報告ありがとうございます。

否定的なコメントはやめてくださると幸いです。


六月末までにコンテストへ出そうとしてたんですが、無理でした。

ブシロードワークス、ダッシュエックス、BKに応募しようと再考しています。

締め切り近くなってからまた考えますが、それまでにできるだけ書けてる分を投稿したいので、連続で投げるかもしれません。

何はともあれ、ぜひこれからも応援をお願いします!

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