庇護
「あの時、一緒に逃げてきた方でしょうか」
テオヴァルドの問いに、オーレリアンはすぐには答えなかった。先にあった血も、自分がつけた血も、同じ色をしている。
「そうかもしれない。もっと前に来た誰かかもしれないね」
手形を描き留め、灯りを消した。ここまで来た人は、帰れたのだろうか。帰れたなら、どんな身体で生きているのだろう。
その問いは、地上へ戻っても離れなかった。待っていたミラへ絵を見せたが、ヴェラにまで話す気にはなれなかった。
◇
翌朝、帰り支度を終えたエレンと玄関を出たところへ、門番の声が飛んだ。
通りから駆け込んできた女が、門柱へ肩をぶつけた。腕を押さえる指の間から血が落ちている。
「ヴェラ殿?」
近寄ったエレンが、その襟をつかんで引き倒した。
矢が門柱へ突き立った。向かいの軒下で、弩を持つ男が次の矢をつがえている。
通りにいたもう一人が剣を抜き、門番の槍を払った。そこへオーレリアンの杖先から衝撃が落ち、踏み込んだ足元の石が砕けた。男は門の外へ投げ出された。
弩の男が武器を放り出した時には、家を飛び出したテオヴァルドが間合いへ入っていた。襟をつかんで壁へ叩きつけ、腕をねじり上げる。
門の前で、剣を支えに身を起こしかけた男が顔を上げた。向けられた杖が光り、刃が半ばから砕け散る。
「伏せよ。次は身体へ当てる」
男は動くのをやめた。門番が駆け寄り、うつ伏せに押さえる。
通りから衛兵たちが駆けてくる頃には、二人とも地面に押さえつけられていた。
エレンが外套でヴェラの腕を包んでいた。傷を押さえてもらいながら、女は通りから目を離さなかった。
「あの男を、殺さないでください」
「捕らえた。君を狙った相手に、覚えがあるのか」
うなずこうとして、ヴェラは顔を歪めた。
「お話は、中で」
立ち上がる途中で膝が折れた。支えた隊長の袖をつかみ、そのまま離そうとしなかった。
◇
「宿で、商人と会っていたんです。本を扱う男で、何度か取引をしています。昨日お見せした地図も、あの男から買いました」
治療を受けた腕を膝へ載せ、ヴェラが話し始めた。剣を抜いて門へ踏み込んだ方だという。連れの男には、覚えがなかった。
「町へ入ってから連絡を取りました。続きがあるというので、宿へ来てもらったのですが。包みを開けている間に、後ろから斬られて……椅子ごと二人を吹き飛ばして、逃げました」
「それで、ここへ?」
「逃げるなら、閣下のところだと思いました。ご迷惑をおかけしました」
笑おうとした唇が震えた。オーレリアンは向かいへ腰を下ろした。
「君の身は預かる。だが、誰と何の取引をしていたのかは聞く。私の町で、知らないうちに続きをやられては困る」
「官房の者かどうか、確かめていただけますか」
「調べる。ただ、君がそう言っただけで決めるつもりはない」
扉のそばで聞いていたエレンが、二人へ向き直った。
「帰りは延ばします。あの男から話を聞く時には、私も同席させてください」
「あの男には、宿も、行く先も教えていました」とヴェラが言った。「ほかに誰が知っているのか、私には分かりません」
廊下で足音がすると、ヴェラは話をやめた。扉を見たまま、足音が遠ざかるのを待っている。
オーレリアンは手形を描いた紙のことを思った。この女へ、どこまで尋ねられるだろう。
「あの谷で、何を見つけるつもりだった? ただ古い地図を確かめるために、学者と護衛を連れて山へ入ったわけではないね」
「治療の研究です。土地を離れると使えなくなるフォルマがある。身体へ施したものまで失われるなら、患者は治っても、家へ帰れません。どこを通れば保てるのか、先に調べる必要がありました」
フォルマを保てなくなれば、身体が動かなくなる。その恐れだけは、人の話として聞けなかった。
「黒碑のそばで何が変わるのかも、確かめたかった。ですが、肝心のものはなく、患者を通せるかも分からないままでした」
「あの男には、その続きを頼んでいた?」
「はい。まだ見せていないものがあると言われて、待っていました」
「何を見せると?」
「あの記録を書いた人は、まだ生きていると。会わせるから待っていろ、と言われたんです」




