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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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消えないもの

絵の上では、沢の水が黒碑の足元を流れていた。あの洞で見たものと似ている。だが、逃げる人々とテオヴァルドの血ばかりを覚えていて、石の形まで正確に思い出せなかった。


「運び出された跡は?」


「見つかりませんでした。崩れた斜面も調べましたが、石の欠片さえありません。もっと古い崖崩れに埋まっているのかもしれませんし、記録の方が間違っているのかもしれません」


 ヴェラはそこで説明を切った。続きを欲しがらせるための間だと分かっていても、オーレリアンは絵から目を離せない。


「どうして、私にこれを見せようと思ったの?」


「これほどの町を作られた方ですから。古いフォルマもお読みになれる。私が学者を連れて歩くより、ずっと多くのことがお分かりになるかと」


「調査に誘いたいわけだ」


「関心を持っていただけたなら、続きをご相談したいです」


 アッシュマークの地下について、探りを入れているようには聞こえなかった。そうであってほしいと思う自分にも、気づいていた。


「この写しも預かるよ。ただ、今は町を離れるつもりはない」


「では、お読みになったご感想だけでも」


 エレンは二枚の地図を重ね、谷へ通じる道を確かめていた。見張りを置き直すなら、ほかの持ち場から人を割かねばならない。碑の行方より、今いる兵の数が彼女には重かった。


 会見が終わるまで、洞のことは口にしなかった。


      ◇


「ここへ来るとは、思っていました」


 オルカペルの地下へ下りると、テオヴァルドが先に来ていた。昼食のあとに見せた絵を、まだ手にしている。


「顔に出てた?」


「昼食の時から、ずっと。話しかけても、同じところを見ていらっしゃるので」


「それは……ごめん」


 ミラには行き先を告げ、地上で待ってもらっている。あの広間へ踏み込まず、離れた場所からフォルマで見比べる。それだけでも、誰にも言わずに出かける気にはなれなかった。


 西へ渡る人々は、広間を避ける道を通っている。分かれ道の先へ灯りを送ると、岩の隙間に、あの日と同じ黒い床が見えた。


 足が止まった。すぐ横にいたはずのテオヴァルドも、少し後ろで床を見ている。


「覚えてる?」


「途中までは。あなたのところへ走ったことも、そのあと、抱いてくださったことも」


「もう一度、あれに触るおつもりではありませんよね」


「見るだけだよ。何が起きるか分からないまま、また君に運ばれるのは避けたい」


「では、ここから」


 隣へ並んだ少年の肩に軽く触れ、オーレリアンは杖を上げた。


 灯りを追うように、小さなオルビスが通路を進んだ。戦場では城壁の向こうを見るために使ったものだ。手元に映る広間には、避難してきた人も、追ってきた魔獣もいない。


 自分が放ったフォルマの穴が、奥の岩を貫いていた。そこを避けて像を巡らせると、黒碑が正面に入った。


 溝を光が走る。同じ順序で、また走る。町を作り、戦争をして、海を見て帰ってきた間も、ここではこれが続いていたのだろう。


「似てはいるけど、この絵だけでは同じものか分からないね。細かな刻みは省かれてる」


 横から描いた方も見比べた。角の傾きまで似ているが、寸法は残っていない。谷から運ばれてきたのか、別に同じ形のものがあるのか。そのどちらも、まだ選べなかった。


「教会では、世界の中心に一つだけあると教わりました」とテオヴァルドが言った。「あの人たちは、ほかにも探しているんでしょうか」


「そこは、聞いておきたい。見つけて何をするつもりなのかも」


 答えながら、光の走る溝へ意識が引かれた。あの時には、今よりはるかに多くのことを考えられた。まだ解けていない問いを持ち込めば、何が分かるだろう。


 (近づけば、分かるかもしれない)


 半歩出たところで、手をつかまれた。テオヴァルドは、先ほど立っていた場所から動かずにいる。


 何を考えていたか、言う前から恥ずかしかった。


「怖いくせに、知りたくなる。困ったものだね」


「調べる方法なら、上でも考えられます」


 返事の代わりに、その手を握り返した。もう先へは進まず、写せる範囲だけを持ち帰ろうと、像を足元へ下げる。


 そこで、赤いものが見えた。


      ◇


 黒い面に、血がついていた。指の形に広がり、掌を離したところで途切れている。オーレリアンはつながれた手を見てから、もう一度その跡を見た。


「私の手の跡だ」


 テオヴァルドを抱き、ここへ手を押しつけた。外では何年も過ぎたのに、血はまだ、今つけたばかりの色をしている。


 触れたものの時間が止まる。機械を作るたびに使ってきた性質だった。それなのに、あの時の血まで残っているとは、考えなかった。


「少し、右を見せていただけますか」


 像をずらすと、掌の跡の下へ続く赤い筋が見えた。血が垂れたにしては、幅がある。その先が、溝を越えて指の形に分かれていた。


 自分のものより大きな手形だった。


 それに重ねて、あの日、オーレリアンは手をついていた。


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