戦列へ
捕らえた商人は、古い記録を書いた人物に会ったことはないと認めた。
「では、何をもって、まだ生きていると言った」
「返事が来るんです。ヴェラさんから預かった質問を届ければ。記録にないことまで、答えてくれるので……」
「それで、ヴェラに会わせると約束した?」
調査図を持ってこさせるためだったという。買い手へ渡せば、代金の残りを受け取れるはずだった。
エレンも、その返事には納得しなかった。
「地図を買いたいというだけなら、なぜ本人を殺そうとしたのですか」
「払われたのは、地図だけの代金ではありません。あの人が、あとから取り返しに来ないようにと……」
「誰が、そう命じた」
オーレリアンの問いに、男は口ごもった。金を渡した仲介人のことしか知らないという。その話を衛兵に確かめさせる間、宿から押さえた手紙を、ヴェラのところへ持っていった。
「これです。私が送った問いへの返事です」
添えられた図には、古い記録で欠けていたフォルマの一部が書き足されていた。前後へつないで読むと、そこで途切れていた計算が通る。少なくとも、古い組み方を理解した者が書いている。
「これを書ける人が、今もいる。その方が、元の記録を書いた人だと信じたかったんです」
地下の手形を思い浮かべ、オーレリアンは返事をためらった。自分も、会えば答えを聞けると思いかけていた。
「この手紙も写させてほしい。相手が誰かは、まだ決めずに」
続きを読み始めたところへ、ローデンから軍使が着いたと知らされた。関門の増兵を聞いて以来、東からの急報は待たせないよう頼んでいた。
◇
「川沿いの砦が、奪われました。守備隊は村まで退いています」
議事堂で報告を受けたのは、エレンと二人だった。ローデンからヴァルテンへ続く街道に、アッシュマークが兵を置いている砦がある。
軍使によれば、カシミール皇子に属する諸侯の兵が、国境へ送る軍需品を優先すると告げて入った。場所を貸せという話だったはずが、守備隊を追い出し、アッシュマークの兵と荷を通さなくなった。抗議に出した使者も、砦から射撃を受けて戻ってきたという。
「陛下の裁定を変える勅命は、見せたか」
「いいえ。国境の軍が優先する。それ以上は聞き入れません」
隣で聞いていたエレンの顔が曇った。
「関門でも、先にいた部隊を戻さず、新しい兵を入れています。道を使えるうちに、必要なものを押さえているのでしょう」
「その道で、私の領地まで分けるつもりか」
砦を失えば、ヴァルテンへ兵を送るたび、奪った相手の許しを得ることになる。前の戦いで守った町が、今度は戦う前から切り離される。
「砦は取り戻す。村へ退いた者には、無理に攻め返さず、住民を守るよう伝えよ。こちらから軍を出す」
報告を終えた軍使が退出すると、エレンが口を開いた。
「私も同行したいと思います。関門で向かい合っている相手が、内側で何をしているのか。このまま知らずに帰りたくありません」
「君の国の兵を、帝国の争いへ呼ぶわけにはいかないよ」
「兵は連れません。上官の許可を得て、閣下の客として加わります。いずれ関門へ来る軍かもしれません。どう戦うのか、見ておきたいのです」
「分かった。許可が下りたら、一緒に来てほしい」
手紙の写しは持っていくことにした。仲介人の捜索と二人の取り調べは衛兵に任せ、ヴェラにも記録を読み直してもらう。読みかけの式は気になったが、そのために砦の兵を待たせることはできなかった。
◇
出発の話が決まると、ミラが自分も加えてほしいと言った。
「砲の操縦で、連れていってください。マルタさんには聖堂をお願いできます。議事堂の皆様にも、留守の間のことは相談します」
仕事のあとに操縦を習っていたことは知っている。初めは町の守りのためだと思っていたが、砲を動かす訓練へも通うようになっていた。
「今まで、帰ってくるのを待つばかりでした。できることが増えたなら、今度は一緒に行きたいです」
止める理由を探しかけ、オーレリアンは黙った。同じ訓練を終えたほかの者には、もう出発を頼んでいる。
「怖くない?」
「怖いです。だから、練習しました」
そばで聞いていたクレイドが、彼女の隣へ立った。
「僕も、ミラさんの砲に合わせて動けます。何度か、相手をしましたから」
「テオには頼まなかったの?」
「最初は。途中から、どこへ行ったか分からなくなってしまって」
テオヴァルドが少し困ったように笑った。
「今度は、ちゃんと見えるところにいます」
家で待ってもらうつもりでいた間に、三人はもう、一緒に戦う練習をしていたのだ。
「お願いするよ。留守は、皆に頼もう」
ミラは背を伸ばし、それから、抑えていた息を吐いた。
町の守りを残した軍は、エレンへの許可が届くのを待って東へ発った。オーレリアンが振り返ると、いつも門で見送っていた顔が、すぐ後ろにあった。




