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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
95/108

善意の値

「私も、薬を飲ませていました」


 ハンナが何か言いかけ、やめた。病室へ戻ってからも、隣に座る姪は顔を上げようとしなかった。


「痛いと訴える人には、眠れる薬を。処置を嫌がる人にも、先生に言われれば。よくなれば喜んでもらえると思っていたんです」


 向かいに座ったオーレリアンが口を開く前に、娘は続けた。


「もう帰りたいと言われても、私には決められませんでした。先生に頼みに行けば、治療をやめて何かあったら責任を取れるのかって」


 これ以上、身体を変えないでほしい。学者の前では言えなかったことを、世話をするレーネには打ち明ける者がいた。明日また頼んでみると、何度も答えたという。


「最後には、顔を見ると、向こうから謝るようになりました。私を困らせて悪かったって。それで……荷を運ぶ人に頼んだんです。何人か、外へ連れていってもらいました」


 そこで一度、言葉が途切れた。


「動けない人は、残しました。その人たちに薬を飲ませておいて、私は逃げてきたんです」


 ハンナが姪の肩に手を置くと、娘は首を振った。


「叔母さん。いい話だけして、助けてもらいたくない」


「ヴェラにも、患者が嫌がっていると話したの?」


「逃げる前に。一度、治療院へ来た時に相談しました。先生に言えばよかったのに、と叱られました。言ったあとだったのに」


 援助を止めれば、今いる患者が困る。身を寄せる親類がいるあなたと、病室を出られない人たちは違う。そう諭されたという。


「外へ出た人たちは、どうしている?」


「家へ帰ったら連れ戻されるから、匿ってくれる人を頼りました。宛先は、別に隠してあります。私が捕まっても、あれだけは渡せません」


 そこで口を結んだレーネに、ミラが隣から声をかけた。


「今ここで、教えなくてもいいですよ。助けが要る人がいたら、私にも知らせてください」


 娘は叔母を見てから、小さくうなずいた。


      ◇


 ユディトは議事堂の一室にいた。扉の外には衛兵が立ち、捕らえた部下とは引き離されている。


「あの娘から、お聞きになりましたか」


「嫌がる患者にも処置を続けていたそうだな。貴殿らは、何を調べていた」


「許可なく人の身体を変えていた施設です。私どもが閉鎖し、残された患者は預かっています。金枝会は押収した資料を返せと申しておりますが、応じるつもりはありません」


「ならば、娘から何を聞き出すつもりだった」


「逃げた患者の居場所です。フォルマによる処置を、治ったからと打ち切れば死ぬ者もいます。全員を見つけ、私どもの管理下に置かねばなりません」


「逃げ出した者を、今度は貴殿らが捕らえるのか」


「危険をご存じなかったのでしょう。あの娘も、医師ではありません」


「その危険を、貴殿らなら取り除けるのか。預かった患者は今どこにいる。どんな手当をしている」


 ユディトは、しばらく黙っていた。


「場所も、処置の内容もお伝えできません。各地の司教にも明かされぬ任務です。危険な書や品だけでなく、人も預かります。異端かどうか、判決を待てぬこともあるのです」


 入口に立っていたテオヴァルドへ、その目が動いた。


「貴殿の任務であろうと、ここで人を攫う権利はない」


      ◇


 別の部屋で待っていたヴェラは、本から顔を上げた。真っ先に尋ねたのは、レーネが落ち着いたかどうかだった。


「君のことも話してくれたよ。医師に訴えても聞いてもらえず、君にも断られたと」


「別の医師を捜していました。専門の違う人を連れてきても、代わりにはなりません。その間にも、援助は必要だったんです」


「官房の者を追って、ここへ来たの?」


「ええ。商会の周りも見張らせていました。捕まるより先に、保護したかったんです。こちらなら別の仕事も、学ぶ場所も用意できます」


「レーネを引き取る話には応じない。さっきも伝えたはずだよ」


 すぐには返事がなかった。


「では、逃げた患者に会わせてください。あの子が外へ出したと、院長から聞いています。資料も患者も官房に押さえられた今、治療の結果を確かめるには、その人たちに会うほかありません。閣下に立ち会っていただいても構いません」


「あの子の訴えは退けて、今度は協力してほしいと?」


「治療をやめさせてほしいという訴えには、応じられませんでした。今も、すべてが間違いだったとは思っていません」


 ヴェラは本を卓へ置いた。ラザールから借りたものと、同じ著者の名が背にあった。


「この人の研究も、よい結果ばかりではありません。それでも、お読みになりたいでしょう。私も、続きを知りたいんです」


 示された頁には、歩いて退院した患者が、故郷に着いてから動けなくなったと記されていた。


 治療院へ運び戻すと、また歩けたという。


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