橋上の客
「あの娘は、私どもが調査している治療院に勤めていました。どうしても聞かねばならぬことがあります。患者の命にかかわるのです」
「何の調査であれ、私を通せ。本人はこちらで保護する」
「官房の調査に、領主の許可は要りません」
ヴェラが笑った。
「また、それ。司教を通して尋ねても、その方には話せないとおっしゃるのでしょう?」
「あなたが口を挟む話ではありません」
「では、伯爵へ説明して差し上げたら? ここまでして連れていく理由を」
ユディトは答えず、ハンナの背へ隠れた娘を見ていた。
町の衛兵が橋の両側を塞いだ。男の一人が銀印を示したが、弩は取り上げられた。
「続きは議事堂で聞く。部下を連れて、衛兵に従え。娘には近づくな」
ほかの男たちも、上役のうなずきを待って武器を預けた。
「ご説明はいたします。ただ、あちらの女に任せるおつもりでしたら、先に私の話をお聞きください」
「本人が断った相手に、渡すつもりはない。貴殿にもだ」
連れていかれる一行を見送り、ハンナはようやく姪の顔を覗き込んだ。
「家には戻らなくていい。ミラ様のところへ行こう」
◇
オルカペルには、先ほどの商会の男も運ばれていた。腕を吊って寝台にいる姿を見て、レーネが立ち止まる。礼を言おうとして声にならず、何度も頭を下げた。
姪をミラに預けたあとも、ハンナは病室の前を離れなかった。オーレリアンが来ると、声を落とした。
「先日、勉強させたいとだけ申し上げましたけれど……本当は、匿うつもりで連れてきたんです」
商会の宿とは別に家を借り、そこから聖堂へ通わせていた。ここなら暮らし直せると思ったのだと、病室を見ながら話した。
ブレーゲンの店へ姪が来た時には、旅費も残っていなかったという。勤め先を辞めただけなら、なぜ家へ帰らないのか。尋ねて初めて、追われていることを知った。
「勤め先は、学者たちがお金を集めて開いた治療院です。治らない怪我を抱えた人が、遠くからも集まるようになって。あの子は、そこで世話をしていました」
歩けるようになっても、患者は帰してもらえず、次の処置が待っていた。レーネは嫌がる人を逃がし、自分も治療院を去ったと話していた。
異端審問官が踏み込んだのは、そのあとだった。残っていた職員と患者は連れていかれ、知っている人からの便りも途絶えたという。
「これで、あの子も家へ帰れると思ったんです。それなのに今度は、あの子まで連れていくと言う。何をしたのか尋ねても、取り調べが済めば分かるとしか」
「渡さなければ、どうすると言われた?」
「何も。ブレーゲンの店番をしている者の名を挙げて、よい働き手ですね、と。それだけです」
ハンナは自分の店の話を、病室へさえ聞こえない声でしていた。
「姉も向こうにいます。あの子をここに残せても、私まで帰らずに済ませるわけにはいきません」
「ブレーゲンにいる人たちまで守れるとは、今は言えない。でも、レーネは渡さないよ」
「ありがとうございます。あの子が何をしたのか、私も全部は知りません。それでも、連れていかれてからでは遅いと思ったんです」
ハンナが姪に呼ばれて病室へ戻ると、入口を見ていたテオヴァルドが近づいてきた。
「あの方が、まだ外にいます。レーネさんに会いたいと」
◇
ヴェラは聖堂の入口から、病室へ続く廊下を見ていた。オーレリアンに気づくと帽子を取る。
「お話しできる状態でしょうか」
「先に、君のことを聞かせて。治療院では、どんな立場だったの?」
「資金を提供していました。ラザールから、閣下のお話は伺っております」
「金枝会の?」
「はい。私たちが援助していた施設を、官房が閉じたんです。押収された資料も、返していただけなくて」
(ラザールは、これをどこまで知ってるんだ)
「閣下になら、治療院で何を研究していたか、お話しできます。レーネにも会わせていただけませんか」
「話は聞くよ。レーネには、今は会わせられない」
廊下の奥で戸が開いた。声を聞きつけたレーネが入口の女を見つけ、付き添うミラの袖をつかんだ。
「ミラ様。あの人と、二人にしないでください」




