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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
93/108

匿う人

 馬が棹立ちになり、橋を渡っていた人々が欄干へ逃れた。幌の下では扉が内側から叩かれ、娘の声が御者の怒声にかき消されている。


 テオヴァルドが家並みの屋根を渡っていく。オーレリアンは人波を避けて脇道を下り、橋のたもとへ出た。


「助けて!」


 幌の隙間から伸びた手が、車内へ引き戻された。道を塞いでいた人々が散り、御者が鞭を上げる。その隣に座る男は、追ってきたオーレリアンへ手を向けた。


 オルビスが光り、道端の荷車が人々の頭上へ跳ね上がった。オーレリアンはそれを宙で受け止め、路肩へ押し戻す。続く衝撃が、男を御者台から叩き落とした。


 走り出した馬車へテオヴァルドが屋根から跳ぶ。その着地より早く、対岸で女が手をかざした。


 光が前輪を砕いた。車体が横滑りして欄干を押し破り、後ろ半分が水路へ落ちかけた。


 (誰だ、今のは)


 オーレリアンの杖先にオルビスが開き、傾いた馬車を支えた。車体を橋へ引き戻す間に、テオヴァルドが幌を裂いて中へ飛び込む。扉を突き破って男が転がり出てきた。


 レーネを抱いたテオヴァルドが、橋の中央へ降り立った。


「怪我は?」


 答えようとして、娘は咳き込んだ。首には指の痕が残っている。地面に足がついても、少年の服をつかんだ手は離れなかった。


 対岸にいた女が、こちらへ歩いてきた。人々が建物へ逃げ込む中、馬車から下ろされた娘だけを見ている。


「間に合ってよかった。ずっと、捜していたのよ」


 レーネは声の主を見て、テオヴァルドの背へ隠れかけた。


「ヴェラさん……どうして、ここに」


「あなたが何も言わずにいなくなるからでしょう。治療院へ戻らなくていいわ。私と来て」


 ヴェラは微笑み、手を差し出した。


「……行きません」


 それでも近づこうとする女の前に、テオヴァルドが立った。


「落ちたら、どうするつもりだったんですか」


 ヴェラは欄干の切れ目を見た。


「……そこは、謝ります。あなたなら間に合うと思ったの」


「離れてください」


 差し出された手が、ようやく引かれた。坂を下りてきたハンナが駆け寄ると、姪は叔母へすがりついた。


「帰りたい。もう、ここにいたくない」


「うん。帰ろう。歩けなくても、運んでやるから」


 馬車から転がり出た男が身を起こし、短剣に手をかけた。その腕を衝撃が打ち、男は再び地面に伏した。オーレリアンは杖を向けたまま、橋へ踏み込んだ。


「動くな」


 外套の胸元に、銀の印が見えた。男はそれを握り、こちらへ突き出した。


「聖務官房の務めだ。邪魔をすれば、伯爵とて――」


「誰の命令だ」


 対岸の店先から二人が出てきた。外套の下で弩を構えている。だが、オーレリアンに狙いを定める前に、別の声が彼らを止めた。


「下げなさい」


 黒い服の女が、通りに残っていた人を避けて橋へ来た。襟元には同じ銀印がある。男たちは彼女を見ると弩を下ろした。


「ユディト様、ですが――」


「あの窓に、子どもがいるでしょう」


 窓辺で子どもを引き寄せていた母親が、慌てて戸を閉めた。


 女は壊れた馬車と、杖を向けられた部下を見た。ヴェラへ目を留めた時だけ、唇が引き結ばれる。


「負傷した者を連れて、退きなさい」


「待て」


 部下へ向けられた杖を見て、ユディトは足を止めた。


「私の町で人を攫い、武器を向けた。連れて帰れると思うな」


 相手は一礼した。顔を上げても、ハンナの陰にいる娘を見ていた。


「アッシュマーク伯爵。聖務官房のユディトと申します。あの者の拘束は、私が命じました」


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