祈る人の言い分
「学校の帰りに、そのままお勤めへ?」
ハンナに尋ねられ、ミラは本の間から刷り見本を取り出した。
「今日は、これを神父様にお返しするところです。皆さんに配る前に、私にも読んでほしいと頼まれて」
司教への反論を綴った、あの司祭の文章だった。書かれた経緯はヨナスが確かめ、印刷の準備まで進んでいる。
最初の頁には、葬儀を断られた兵士の話があった。
主君が教会の命令に背いたため、従軍した兵の埋葬にも祈りを添えてはならない。故郷の司教はそう命じた。書き手は従わず、遺族と墓地へ行った。それが追放の始まりだった。
「戦に行く時は、教会で祝福を受けたそうです。それなのに、帰ってきた時には」
差し出された紙を受け取っても、ハンナはすぐには目を落とさなかった。
「ブレーゲンにも、葬儀代を借りた奥さんがいました。夫は家族に借金を残すのを嫌がっていたのに、見送るために借りなければならなかったと。神父様には言えず、うちの店でこぼしていかれました」
「この方は、祈りを断るなら司教自身が遺族の前で理由を話せ、と書いている。人に命じるより、ずっと難しいだろうね」
「でも、後ろの方は、閣下もお困りになるのでは」
先まで目を通したハンナが、遠慮がちに言った。
死者の扱いで人を従わせるな。それは司教に限らぬ。人を救った領主であっても、救われた者の祈りまで自分のものにしてはならない。
書き手は、この町に来てから最後の一節を加えていた。
「困るよ。私を褒める本なら、配りやすかったのに」
「刷るのを、お止めには?」
「しない。最後だけ切り取ったら、あの人の言うとおりになってしまう」
女主人は声を立てて笑い、それから紙を返した。
「扱う店があるか、帰ったら聞いてみます。ただ、どれだけ売れるかはお約束できませんよ」
「それは、書いた人に言ってあげて」
◇
夕食の席でこの話をテオヴァルドとクレイドにも聞かせると、ミラは、この町でも弔いをしたいと言った。
墓を残して移ってきた人も、遺体がどこにあるか分からない人もいる。新しい地区の礼拝で、何度か相談を受けていたという。
「オルカペルでは、入りきりません。議事堂の前をお借りしてもよろしいですか」
「もちろん。私が出た方がいい?」
「ぜひ。ただ、戦勝の式にはしたくありません。ヴァルテンで家族を亡くした方も、いらっしゃいますから」
クレイドは食べかけのパンを置いた。何かを言いかけ、顔を下げる。
「僕も、行っていいですか」
「ええ。どなたのことを祈るかも、言わなくて大丈夫です」
「私も後ろにいるよ。挨拶は、しなくていいんだね」
「お願いするつもりはありませんでした」
ミラの答えが早く、テオヴァルドが笑った。
「少しは迷ってくれてもよかったんだけど」
◇
食事のあと、テオヴァルドが一枚の紙を持ってきた。
西の物語の続きかと思ったが、読んでみると、食事を待つ子どもたちの話だった。目の前の椀が冷めていくのに、神父の説教は終わらない。
「セヴェリン神父様?」
「はい。いつもではなかったんです。でも、好きな話になると、なかなか終わらなくて」
読み進めると、説教の途中で神父自身の腹が鳴っていた。次の行は、何度か書き直されている。
「笑ってもいい話?」
「神父様も笑っていました。……こういう話を、残してもいいでしょうか。最後のことばかりになってしまうのは、嫌で」
「私は、続きを読みたい」
しばらく考えてから、少年は続きを書き始めた。
「ここで、僕たちは叱られるんです」
「何をしたの?」
「次の日、わざと同じ話をお願いしました」




