賭けの続き
「ご無沙汰しております。ご挨拶にも伺わず、失礼いたしました」
「ハンナ。来ていたんだね」
近づくと、また一歩退かれた。
「お引き止めしては。改めて、お時間をいただける日に――」
「今、少し話せない? 久しぶりに会えたんだし」
オーレリアンは木陰の長椅子へ腰を下ろし、隣を勧めた。ハンナは少し迷ってから座り、膝の上で両手を重ねた。
「伯爵様になられたと聞いて、店の者とお祝いしたんです。こうしてお目にかかると、何と申し上げればよいのか」
「前に君の店へ行った時の方が、私は緊張したよ。手持ちの金も少ないのに、穀物を運んでほしいと頼んだんだから」
「籠手を頂くつもりが、鎧を一つ置いていかれましたからね。あのあと、置き場所を作るのに苦労したんですよ」
言ってしまってから口を押さえたので、思わず笑った。
「今日は、お祈りに?」
「姉の娘を連れてきたんです。治療の仕事をしていたのですが、勤め先を離れまして。今は、こちらでマルタさんに教わっています」
礼拝堂の脇にある部屋では、大人たちが本を囲んでいた。マルタの話を聞く中に、髪を短く切った娘がいる。読み終えた頁へ指を戻し、隣の人に尋ねていた。
「レーネといいます。もう二十二なのに、叔母がついて回っては邪魔でしょうね」
「ここへ残るつもりなの?」
「本人が望めば。店を手伝わせようかとも思ったんですが、患者さんの世話は続けたいそうで」
娘が窓辺へ来た。ハンナを見つけると、借りた本を胸へ抱き直す。
「叔母さん、もう少しいい? 午後も、お話を聞かせてもらえるって」
「いいよ。終わったら迎えに来るから、ここで待っていて」
レーネが頷くまで、ハンナは窓から目を離さなかった。
◇
「商売の方は、うまくいってる?」
「ええ。昔なら、こんなふうに店を任せては来られませんでした」
今はリンデ商会が荷を出すと聞くだけで、運賃を先に払い、自分の品も積んでくれという商人が集まる。
「白い材を買う方ばかりではありません。西の薬や織物も、ここへ来れば選べますから。いつの間にか、こちらで得意先を作っていた者までいます」
「君の荷車で来て?」
「ええ。帰りの道では、次に何を運ぶかまで決めていました。置いて帰ろうかと思いましたよ」
(帰りの分まで、きっちり運賃を取ったんだろうな)
「よその領主の使いが来た時は、また税を取られるのかと身構えました。ところが、倉を使わせるから、うちの道を通れと。通行料も下げるそうです。隣の領内の宿ばかり儲かるのが、面白くないのでしょう」
追放先へ向かう荷車を、貴族の方から呼び込んでいる。
「君たちを通したい領主が増えれば、街道も塞ぎにくくなるね」
「皆様が商売の勘定で動いてくだされば、私もこんなに護衛を雇わずに済むんですが」
言ってから、こちらの顔をうかがった。
「遠慮はいらないよ。街道の話は、君の方が詳しい」
「ブレーゲンを発つ前、大公家に納める商会から、馬と荷車を空けておくよう頼まれました。いつ、何を運ぶかは決まっていない。それでも先に金を払うそうです。皇子殿下と取引のある店も、御者を集めていました」
まだ何も運んでいないのに、荷車だけが足りなくなる。運賃が上がれば、この町へ届く品にも響く。
「君も引き受けたの?」
「お断りしました。待っているだけで金になると言われましたが、その間に得意先を取られます。いつもの荷を運んで、またこちらへ来たいんです」
話が途切れると、ハンナの目は礼拝堂へ戻った。
「来るたびに、知らない顔が増えていますね。今日も、礼拝堂の場所を尋ねた相手に、どちらから、と聞かれました」
「私も、この間、道を教えてもらったよ」
「閣下が?」
「初めて来た客だと思われて、乗合車に乗せてもらった」
坂の上からミラに呼ばれた。授業帰りらしく、腕に本を抱えている。
「もう少し、一緒にどう? ミラも戻ってきたし」
「ええ。ご一緒させてください」
立ち上がる前に、ハンナは窓を見た。レーネは隣の人から何か教わり、笑っていた。
「知っている人がいない場所も、悪くないのかもしれません。あの子には」




